無法の州のギルドマスター
スラーデンを出発してから二週間。南西へと続く旅路は、次第に過酷なものへと変貌していた。
かつて石畳で整備されていたはずの街道は、オーランド州に近づくにつれて砂に埋もれ、道なき砂漠へと姿を変えていた。吹き荒れる熱風と砂塵の中、一行の前に現れたのは、無惨に書き換えられた境界の看板だった。
『ここからオーランド州』という公的な文字は大きな×印で消され、その上から『ここから自由で無法の州』と汚く殴り書きされている。
「思っていた以上の荒れ具合のようですね……」
カレンが呆れたように溜息をつく。だが、その看板を越えてすぐの場所に現れた街は、予想に反して活気に満ち溢れていた。
「なんだか、昔見た西部劇の街みたいだな」
勇太が独り言のように呟く。行き交う人々は皆、腰に武器を携え、鋭い眼光を周囲に走らせている。
「よし、今日はここで休もうぜ。さすがにカレン様をこれ以上野宿させるわけにはいかないだろ?」
ジャンヌの提案に、勇太も頷く。「ああ、そうだな。マリーもふかふかのベッドで寝たいだろ?」
「私は別に大丈夫なのに。鬼人族の村はもっと野晒しだったもん」
なぜか自慢げに胸を張るマリーだった。
一行は街で一番大きな宿に荷を下ろし、夕食のために近くの酒場へと向かった。
道中、不穏な視線がいくつも突き刺さる。
「……見られてますね。制圧しますか?」
「いえ……目的を探る方がいいでしょう。泳がせます」
ジャンヌとカレンの密やかなやり取りを聞きながら、勇太はマリーを自分の方へ引き寄せた。
賑わう酒場に足を踏み入れると、荒くれ者たちの喧騒と熱気が一行を包み込んだ。
「オーランドは魔族領に近い。だからこそ、力だけで成り上がろうとする冒険者たちが集まるんです。」
カレンの説明を聞きながら、勇太はマリーに肉を切り分けてやる。
だが、その平穏はすぐに破られた。
「おい……お前ら見ない顔だな? どこから来たんだ?」
ドスの効いた声とともに、一人の巨漢がジャンヌの前に立ちふさがった。スキンヘッドに太い血管を浮かべた男が、威圧するように顔を近づける。
「すまないね、あたいらは食事中なんだ。喧嘩なら後にしてくれない?」
ジャンヌが冷たくあしらうが、男は引き下がらない。「おい、てめえ……女だからって生意気言ってんじゃねえよ」
――バンッ!!!
一瞬だった。ジャンヌは男の頭を掴むと、そのまま隣のテーブルごと床に叩き伏せた。ひしゃげたテーブルの下で、男はピクピクと痙攣している。
「テメェ……人が飯食ってる時に絡んでくるんじゃねえよ……! 後で相手してやるって言ってんだろうがッ!」
ブチ切れるジャンヌに、勇太とカレンは額に手を当てて天を仰いだ。マリーだけが、素知らぬ顔で食事を続けている。
「ジャンヌさん、問題は最小限にと……言いましたよね?」
「はうう……す、すいません……!」
カレンの静かな怒りに縮こまるジャンヌ。その騒ぎの中、奥から一人の男がゆっくりと歩み寄ってきた。
「なにか騒がしいから来てみれば、お忍びできているにしては随分な目立ち方をしているな」
精悍な顔立ちに、歴戦の猛者であることを物語る落ち着いた佇まい。ジャンヌが即座に啖苛を切ろうとするが、カレンの威圧感に気圧されて言葉を呑み込む。
「お前らが王国から派遣された『勇者』か……残念だな」
「お前誰だ…?」
勇太が言葉に反応して聞き返す。
男は皮肉げに口角を上げると、堂々と名乗った。
「俺はオーランド州の冒険者ギルドを統括するギルドマスター、ラウストだ」
無法の州を束ねる男の登場。その言葉に含まれた「残念」という意味は一体何なのか。勇太たちは、再び不穏な運命の渦中に立たされていた。




