西風の導き、揺るがぬ誓い
アイズを打ち倒してから、一ヶ月。
スラーデンの街で過ごしたその時間は、傷ついた肉体を癒やすだけでなく、勇太たちの絆をより深いものへと変えていた。
鬼人族の村を失い、身寄りのなくなったマリーは、迷うことなく「勇太についていく」と宣言した。
「勇太様、いくらマリーちゃんが命の恩人とはいえ、魔族を連れての旅はあまりに危険です。王国内での立場も……」
カレンとジャンヌは当初、強く反対した。だが、勇太を慕い、片時もそばを離れようとしないマリーの無垢な姿と、彼女を守ると決めた勇太の固い意志に、二人はついに折れるしかなかった。
一行が次に向かう先は、西側のオーランド州。そこを抜けた先には、魔族の本拠地へと続く広大な境界線が広がっている。
「王国からの伝令によれば、同時期に西へ向かった『剣鬼団』の消息が途絶えたらしいです」
カレンが深刻な顔で地図を広げる。
「フン、あのローガンのオッサンが簡単にくたばるわけねえよ。どうせどっかでもっと金になりそうな獲物を見つけて、勝手に持ち場を離れたんだろ」
ジャンヌは吐き捨てるように言ったが、その瞳にはわずかな懸念が混じっていた。
出発の朝。
まだ街が深い眠りと霧に包まれている中、一行はひっそりとスラーデンを後にした。マリーの存在を隠すための隠密行動だった。
「勇太、オーランドの方はあまり治安が良くねえ。魔族領に近づけば近づくほど、人間の『悪意』も『魔物』も凶暴になる。用心しなよ」
ジャンヌの言葉に、カレンも強く頷く。
「そうですね。マリーちゃんもいますし……何より、今度は私自身が、力不足で勇太様を暴走させるようなことのないよう、しっかりサポートします」
ジャンヌはカレンの言葉に、少しだけ悔しそうな表情を見せた。アイズ戦で自らの限界を思い知らされたのは、彼女も同じだったのだ。
勇太の手をぎゅっと握りしめて歩いていたマリーが、顔を上げて言った。
「お兄ちゃん、私も戦うから。もう、守られるだけじゃないよ」
勇太は、そんなマリーに優しく笑いかけた。
そして、かつてシステムに導かれるまま戦っていた自分を捨て去るように、前方の荒野を見据える。
「ありがとう、マリー。……でも、俺は勇者だ。みんなを守るために、ここへ来たんだ。だから、今度は俺がみんなを守る。……誰かに決められたんじゃない、俺自身の『正義』に従ってな!」
その言葉に応えるように、腰の聖剣が静かに、しかし力強く黄金の輝きを放った。
【場面転換:暗黒大陸・魔王の根城】
「ハア……ハア……。魔王様……まさか、一ヶ月でこれほどとは……」
暗黒大陸の奥深く、黒い魔力に削り取られた演習場。
モスは膝をつき、肩で息をしながら、目の前に立つ少年を見上げた。その体からは、かつての気弱な影は消え、圧倒的な「死」を想起させる漆黒の魔力が立ち昇っている。
「……このモス、もう貴方様に教えることは……何もありません。貴方は、正真正銘の……『魔王』となられましたな」
「ありがとう、師匠」
彰人は、自らの手を見つめた。
この一ヶ月、彼は知ってしまった。人間たちの身勝手な侵略と、それによって家を、家族を、誇りを奪われ、虐げられ続けてきた魔族たちの血の歴史を。
召喚された意味など知らない。元の世界へ帰る方法も分からない。
だが、目の前で涙を流す者たちがいるのなら、自分はこの力を使う。
「……これでもう、誰にも負けない。理不尽に奪われ、迫害される彼らを……もう誰にも傷つけさせない……!」
彰人の眼光が、鋭く西の空を射抜く。
一人は勇者として、一人は魔王として。
お互いの生存も知らぬまま、二人の幼馴染は、それぞれの信じる「弱き者」を救うために、運命の交差点となる「西の地」へと歩み出した。




