薄氷の再会、交錯する背中
深い、深い闇の底にいた。
霞む視界の先、遠ざかっていく背中がある。
「彰人……?」
それは、幼馴染の彰人の背中だった。数メートル先を、見知らぬ女性と連れ立って歩いている。だが、その背中は酷くボロボロで、隣を歩く女性の姿は陽炎のように透けていて、今にも消えてしまいそうだった。
(なんだよ……彰人のやつ、えらくボロボロだな……)
薄れゆく意識の中で、勇太は不意に笑った。
(あいつ……また俺のこと庇って、無理してんのかな。いつも俺のせいで、悪い立ち回りさせちゃってるよな……)
勇太はフラフラと引き寄せられるように、彰人の背中へ手を伸ばした。
「……待てよ、彰人……」
指先が、ほんの少し彼の服の端に触れたような気がした。だが、そこで急激に重力が重くなり、勇太はその場に倒れ込んだ。
…………はっ!!
激しい心拍とともに、勇太は目を見開いた。
真っ白な天井。消毒液の匂い。そして、すぐそばに不安げな二つの顔があった。
「勇太!」
「勇太様! 今は安静に、動かないでください!」
叫ぶジャンヌを制するように、カレンが必死に勇太の肩を押さえる。
「う……、ここは……?」
「スラーデン州の中央病院です。アイズ城は崩壊してしまったので、ここまでなんとか運びました」
カレンの説明を聞きながら、勇太は重い頭を動かした。
「そうか……。俺はどれくらい寝てたんだ?」
「今日でちょうど一週間だ。その間、カレン様が不眠不休で聖神魔術をかけ続けてくださったんだぞ」
ジャンヌの言葉に、勇太はカレンを見た。よく見れば、彼女の瞳の奥には深い隈があり、頬も少しこけている。隣のジャンヌも同様で、その目は何度も泣き腫らしたような跡があった。
「一週間も……? すまない、カレン。ありがとう……」
「大丈夫です。それが、勇太様を支える私の使命ですから」
カレンは聖女らしい柔らかな微笑みを浮かべたが、その指先はまだ微かに震えていた。
勇太は少し俯き、あの地獄のような光景を思い出しながら、消え入りそうな声で聞いた。
「……アイズは、どうなったんだ」
カレンは不安そうにジャンヌを見た。ジャンヌは静かに、一度だけ頷く。
カレンは勇太に、彼が黒い闇に呑まれて暴走したこと。カレンの極大魔法によってその闇が祓われ、その後、黄金の光を纏った勇太がアイズを「消滅」させたことを、包み隠さず話した。
勇太は黙って聞いていたが、急にあることを思い出し、跳ねるように聞いた。
「マリーは!? マリーはどうしたんだ!?」
その時だった。病室の扉が勢いよく開く。
「お兄ちゃん! 目覚めたの!? よかったあああ!!」
フードを深く被った小柄な影が、弾丸のような勢いで勇太のベッドに飛び込んできた。
「ちょーっ!! 飛びつくなって言ってんだろ!!」
ジャンヌがすんでのところでその影を捕まえる。勢いでフードが外れ、そこから現れたのは――。
「マリー……? 無事だったのか……」
そこには、確かに息災なマリーの顔があった。
「……っ、ああ……よかった……」
安堵とともに、勇太の目から自然と涙が溢れ出した。自分でも驚くほど、涙が止まらない。
「マリーさんも瀕死の重体だったんです。ここは人間の病院ですが、極少数の信頼できる医師だけに内密に治療を任せました。……こういう時に王女の特権って便利ですね」
カレンは少しだけおどけて笑ったが、その裏でどれほどの根回しと苦労があったかは想像に難くない。
「ありがとう……本当に、ありがとう」
勇太は何度も感謝を繰り返した。
超越者アイズを打ち破り最悪の悲劇は回避された。だが、勇太の心には、あの夢の中で見た「ボロボロの彰人」の姿が、拭い去れない不安となって残り続けていた。




