黒き慟哭と、最後の策
その頃、世界の「外側」では、この惨状を特等席で眺める者たちがいた。
「……なんですか、あの黒い光は。またバグでしょうか……」
巨大なモニターを前に、事務官は深いため息をつきながら、手元の端末にエラーログを走らせる。
「いいね、いいねえ! 最高だよ! ああいうバグは大歓迎だよ!」
対照的に、神と呼ばれた存在はソファの上で興奮気味に身を乗り出していた。
「なぜ勇者に『魔族』の魔力反応が……。あんなプログラム、初期設定には組み込んでいないはずですが……」
「大丈夫だって! こんなに面白いならいくらでもバグってほしいなあ!」
目を輝かせてはしゃぐ神は、さらに追い打ちをかけるように笑った。
「あとさ、あのアイズって奴に『神の知恵』を授けて、本当によかったよね!? 期待以上の化け物になってくれたよ!」
「……もう、何も言うまい」
事務官は怪訝な顔を隠そうともせず、呆れ果てて部屋を後にした。神にとって、勇太の絶望も、マリーの重症も、すべては退屈をしのぐための「演出」に過ぎなかった。
「グアアアアアアアアアッ!!」
地上では、獣と化した勇太が地を削り、アイズへと飛びかかっていた。
「ふむ。素晴らしい勇者の力ですね」
超越者となったアイズは、その猛攻を羽虫でも払うかのように、片手で軽くあしらっていく。
勇太は本能のままに、手に持つ朽ちた聖剣を歪な大砲へと変形させた。
「ウガアアアア……ッ!!」
放たれたのは、光を吸い込むほどに黒く濁った巨大な熱線。
アイズは直撃の寸前、陽炎のように姿を消した。
行き場を失った熱線は、背後のアイズ城を直撃。轟音とともに白亜の城壁を半壊させ、夜空を赤く染め上げた。
「本当に素晴らしいですよ、その力! ならば、これはどうでしょう!」
勇太の背後に、音もなくアイズが現れる。
その全身から、槍のように鋭利な無数の触手が噴き出し、勇太の肉体を一気に串刺しにした。
「ガ、アアアアアアッ!!」
宙に吊るされ、血を流しながら何度も地面へと叩きつけられる勇太。その姿は、英雄のそれではなく、ただ痛みに悶える獣だった。
「勇太……どうしちまったんだよ……」
瓦礫の陰で、ジャンヌが震える声で呟く。
その腕の中で、瀕死のマリーが弱々しく目を開け、涙を流していた。
「お兄ちゃん……。ずっと……泣いてる……」
マリーには聞こえていた。勇太の魂が、壊れた心の中でずっと「ごめん」と泣き続けている声を。
アイズは串刺しにした勇太を観察するように見下ろし、ニヤニヤと笑う。
「ふむ、やはりこれくらいでは致命傷には至りませんか。なら、どこまで壊せば黙りますかね?」
断末魔のような叫びを上げ、勇太は聖剣を元の錆びた剣へと戻し、強引に触手を切り落として距離を取った。
「くっ……あたいはどうすりゃいいんだ……!」
立ち上がることもできない自分の無力さに、ジャンヌが地面を叩く。その肩に、不意に温かい手が置かれた。
「……すみません、ジャンヌさん。私がやられていなければ……」
「カレン様!? ご無事ですか!?」
血の気の引いた顔で、しかしその瞳に強い意志を宿したカレンが立っていた。
「私は大丈夫です。……勇太様のあの状況、確証はありませんが、私に考えがあります」
「策があるんですか!?」
「私の聖神魔術は『魔族特攻』……。勇太様のあの黒い光は、おそらく魔族の魔力です。だから、私なら……勇太様の中の『闇』だけを浄化し、彼を助けられるかもしれません!」
それがどれほど危険な賭けか、ジャンヌには分かった。一歩間違えれば、カレン自身が勇太の闇に呑み込まれる。
「わかりました……。カレン様……勇太を……よろしくお願いします!」
ジャンヌの目は、涙で潤んでいた。その表情にカレンは一瞬驚いたが、すぐに優しく、力強く頷いた。
「行ってきます。……私たちの勇者様を、取り戻しに」
聖女カレンは、黒い霧を纏い暴走する勇太と、それを嘲笑う超越者アイズが待つ、死の領域へと歩みを進めた。




