絶望の黒き胎動、超越者アイズ
「終わりだ! アイズッ!!!」
勇太は残った全魔力を聖剣に注ぎ込んだ。
「くっ……ウオオオオオオオオッ!!」
アイズは断末魔を上げながら、聖剣の閃光に呑み込まれ、その肉体は消し飛ばされたかに見えた。
「ハア、ハア……やったか……?」
肩で息をしながら、勇太は雪煙を凝視する。だが、その目は直後に驚愕に見開かれた。
煙の中から現れたのは、肉体の左半分を失い、内臓や骨が剥き出しになりながらも、不気味に立ち続けているアイズの姿だった。
「いやー……危なかったですね。まさかこれほどとは……。しかし、まだまだ甘い。まさか私が『魔人形』だけであなたに挑むとでも?」
半分の顔でニヤニヤと笑いながら、アイズは毒を吐くように続ける。
「魔人形は私の研究の副産物に過ぎない。最終目標は、私自身が絶対的な力を手にすること。そしてあなたこそ、私が最強に至るために必要な最後のピースなのですよ……。勇者の力をこの身に取り込めば、この世に敵などいなくなる。ゴホッ……おっと、時間がない。……さあ、集まりなさい」
アイズが残った片手を天に掲げると、周囲に転がっていた魔人形の肉塊たちが、意志を持つ泥のように蠢き出した。
「ひっ……!」とジャンヌが声を漏らす。グニョグニョと這い寄る肉の残骸が、磁石に吸い寄せられるようにアイズの傷口へと集まり、同化していく。
「ウオオオオオオオオオッ!!」
咆哮を上げ、マリーと死闘を演じていた父親の魔人形までもが、マリーを捨ててアイズへと向かう。
「お父さん! 待って!!」
叫ぶマリーの声は、もはや知能を失った獣の耳には届かない。
「勇太! 何かヤバい気がする……早くトドメを刺して!!」
ジャンヌの悲鳴に近い促しに、勇太は深く頷いた。
「今度こそ終わりだ! 【シャイニング・レイ】!!」
振り下ろされた聖剣から、絶え間なく降り注ぐ極太の光柱。激しい衝撃音とともに、アイズがいた場所の地形そのものが削り取られ、変貌していく。
「これが……勇者の力……」
満身創痍のジャンヌが呆然と呟く中、降り注ぐ光はやがて消え、荒れ狂っていた吹雪は嘘のように止んでいた。
「ハア……ハア……」
重い息を吐き、勇太はその場に膝をつく。
「お兄ちゃん!」
いつの間にか幼い姿に戻っていたマリーが駆け寄ってきた。
「マリー……ごめんね。こうするしかなかった……」
目を逸らし、父親を手にかけたことを謝る勇太に対し、マリーはニコッと笑って「ううん、ありがとう」と答えた。
勇太の口元に、安堵の笑みが浮かぶ。
「それじゃ、早く怪我人を城に――」
言いかけた時だった。その場の全員が、背筋を凍らせて上空を見上げた。
音もなく空中に浮かんでいたのは、禍々しい赤黒い球体。
「逃げろおおおおおっ!!」
ジャンヌの絶叫が響く。だが、勇太が気づいた時には遅かった。
球体から高速で伸びた、鋭利な触手のような腕が、目の前にいたマリーの小さな体を貫いていた。
「……え?」
血を吐き、マリーの瞳から光が急速に失われていく。
「……あ……マ、マリー……?」
一瞬の静寂の後。
「う、うおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
勇太の絶叫とともに、無意識にスキルが暴走した。
だが、その光は今までの神々しい白ではない。空間を歪め、ドロドロと光を侵食するような、禍々しい「黒光」。
その闇が勇太を包み、全身を異形の鎧のように覆っていく。聖剣は美しさを失い、何千年も朽ち果てていたかのように刃こぼれし、錆びついた凶器へと変貌した。
「ガァァァァァッ!!」
獣のような咆哮を上げ、勇太は空中の球体へ飛びかかり、地へと叩きつけた。
地面にめり込んだ球体は、ボコボコと不気味な音を立てて変形していく。
『素晴らしい……。これこそ勇者の真の力……。ぜひとも、我がものにしたい……』
ドスの効いた、幾重にも重なるモザイクのような声。
球体は徐々に形を変え、非常にシンプルで、光を一切反射しない真っ黒な「人型」へと収束していく。
『どうです? 素晴らしいでしょう。勇者の力をもってしても打ち破れないこの身体。……これこそ、我が研究の最高傑作。そして……それは更なる高みへと至る。あなたの力を貰い受けてね』
そこには、もはや人間の名残は微塵もなかった。
魔人形を吸収し、人間、魔族、そのすべての限界を超越した究極の化け物――「アイズ」が、闇の中から勇太を見据えていた。




