鬼神の咆哮、偽りの正義への決別
勇太の叫びのような問いかけに対し、アイズ三世は毛皮の外套に付いた雪を払うほどの手間もかけず、至極冷静に、そして吐き気を催すほど落ち着いた声で答えた。
「ふう…。人類に害をなす魔族を兵器に変えているだけですよ。毒を以て毒を制す……実に合理的だ。私はこの『魔人形』で魔族を滅ぼし、勇者などいなくても人間だけで勝てるのだと王国に証明したいのです。そうすれば、私は英雄としてこの国の歴史に、永遠にその名を刻むことになる」
その言葉が終わるより早く、カレンが激昂した声を上げた。
「あなたのやっていることは、人の道から完全に外れています! いくら魔族とはいえ、生きた身体を改造し自らの兵器にするなど、もはや人のすることではありません! グラウディア王国第一王女の名において、あなたを王国裁判にかけます!」
勇太は、常に穏やかだったカレンがここまで感情を露わにするのを初めて見た。隣に立つジャンヌも、あまりの衝撃に言葉を失い、ただ目の前の怪物とアイズを交互に睨みつけている。
しかし、アイズは「裁判」という言葉に、愉快でたまらないといった風に肩を揺らした。
「フン、王国裁判ですか。いいですよ、喜んで。……しかし、それが行われることは決してないでしょうね。なぜなら、ここにいる証人は、今この時から全員『帰らぬ人』となるのだから!」
アイズが冷酷に手を振り上げると、それに呼応してマリーの父親が地を蹴った。巨大な体躯が雪を割り、高く、高く飛び上がる。吹雪を切り裂いて勇太たちの目の前に着地したその衝撃で、石畳が蜘蛛の巣状に砕け散った。
「さあ、私の魔人形よ。ここにいる人間と、残った魔族を全員殺しなさい」
「全員だと!? あんたの部下……兵士たちもか!?」
勇太の絶叫に、アイズは事も無げに返した。
「当たり前でしょう? 証人がいなければ、私は裁かれない。私の英雄譚は、私自身の手で完成させるのです」
その狂気に、ジャンヌとカレンの堪忍袋の緒が切れた。
「貴様ァッ!!」
二人は同時に雪原を蹴り出した。
「ジャンヌさん、聖神魔術で強化をかけます! 全力で攻撃を!」
「ありがとうございます、王女様! いけるっ!!」
カレンの放つ光がジャンヌを包み込み、彼女の速度を限界まで引き上げる。目にも止まらぬ加速――。ジャンヌは昨日と同じく、マリーの父親の側頭部へ向けて強烈な回し蹴りを放った。だが、その一撃にはカレンの魔術による、昨日とは比べ物にならない破壊力が宿っている。
ベコンッ!!
鈍い破砕音。ジャンヌの脚が魔人形の首にめり込み、その首が不自然に、ぐぐぐと横に長く引き伸ばされた。
「よっし! これなら……っ!」
ジャンヌが追撃のモーションに入ろうとした、その瞬間だった。
普通なら即死、あるいは致命傷のはずの衝撃を受けたにもかかわらず、マリーの父親の動きは一瞬たりとも止まらなかった。首がひしゃげたまま、彼は無機質な動作で裏拳を振り抜く。
「がはっ……!?」
吹き飛ばされるジャンヌ。それを見たカレンが悲鳴を上げた。
「ジャンヌさん!!」
カレンが視線を逸らした刹那、ジャンヌを上回るスピードで魔人形が踏み込んだ。丸太のような拳が、カレンの鳩尾へ無慈悲に突き刺さる。
「ゴブッ……!!」
胃液と血の混じった塊を吐き出し、カレンの体は城門へと叩きつけられた。そのまま、糸の切れた人形のように意識を失い、崩れ落ちる。
「ジャンヌ! カレン!!」
勇太の叫びに、アイズの嘲笑が重なる。
「どうです、私の魔人形は。よくできているでしょう? 強靭な魔物の体に、魔族の魔力量を併せ持ち、身体能力強化の陣を刻み込んだ、無敵の兵器だ」
「……狂ってやがる。その人は、あそこにいるマリーの父親なんだ……! 貴様の持ち物でも、兵器でもないんだよ!!」
激昂し、聖剣を握りしめる勇太。だがアイズは、それすらも「面白い見世物」のように眺めていた。
「驚いたな。人類の救世主が、まさか魔族の味方をするとは。マリーと言いましたか? 人の道を外れているのは、魔族に肩入れするあなたの方ではないのですかねぇ?」
「違う! あの子はただ、父親を探しに来ただけだ! 他の鬼人族の人たちも、仲間を探しに来ただけなんだ!!」
「それを魔族から聞いたと? 滑稽だ。魔族の言うことはすべて信用してはいけない。子供でも知っている常識ですよ。……ああ、それと、他の魔族なら、ここにいますよ」
アイズが指し示した吹雪の向こうから、巨大な影がゾロゾロと這い出してきた。
それはマリーの父親と同じ、上半身と下半身がチグハグな異形の軍団。
「これが私の魔人形部隊です。鬼人族の異常な回復力を実現するため、先代が『不戦の盟約』を結ぶフリをして彼らを研究し、私が完成させた。……さあ、お前たち。彼らを一匹残らず、潰してしまいなさい」
勇太の怒りは沸点を超えた。これ以上、この男の言葉を耳に入れれば、自分がおかしくなる。
「……ここで、終わらせる!!」
走り出す勇太。その目の前に、再びマリーの父親が立ち塞がった。
勇太は「ごめん!」と心の中で謝りながら、聖剣を振りかざした。勇者のスキルで、すべてを焼き払おうとした。
だが――。
あの、まばゆい「聖なる光」は出なかった。
勇者のスキルは、行使者の「正義」に従って発動する。今の勇太の心にあるのは、人間側の正義でも、魔族側の正義でもない、ぐちゃぐちゃに混ざり合った「迷い」だった。
「え……? なんで……」
スキルの不発に勇太が凍りついた隙に、魔人形の拳が迫る。勇者の基礎ステータスのおかげで反射的にいなしたものの、距離を取るのが精一杯だった。
(……なんで発動しないんだ。……そうか、俺に、迷いがあるから……!?)
全滅の予感が、冷たく勇太の背筋を這い上がる。その時だった。
「――お兄ちゃん。私がお父さんを止める」
聞き覚えのある、けれど少しだけ低く、大人びた声。
勇太が振り返ると、そこには、先ほどまでの幼い面影を失った一人の女性が立っていた。
赤い肌はより鮮やかに、瞳は黄金に輝き、ボロボロの布を突き破らんばかりに成長したその体躯は、しなやかな強靭さを湛えている。
「マリー……なのか? その姿は……」
「これが私たち、鬼人族だけが使える魔術……『鬼神化』だよ。これでお父さんを止める。……だから、その間に、あのアイズとかいうおじさんを倒して!」
マリーの、命を削るような覚悟。その言葉が、勇太の迷いを断ち切った。
「……わかった。俺が、アイズを倒す!!」
猛吹雪の中、鬼神となった少女が父親へと跳躍し、勇太は聖剣を握り直しアイズへと突き進んだ。




