地下の違和感と、赤い肌の少女
アイズ城の兵士食堂は、男たちの汗と安っぽいスープの匂いに満ちていた。
王室での豪華なディナーを辞退し、勇太たちはここで兵士たちの輪に混じっていた。
勇太とジャンヌは豪華なディナーや接待に慣れていないので、情報収集もかねて兵士たちと夕食を共にすることにしたのだ。
「……なぁ、あんた。生け捕りにした魔族ってのは、その後どうなるんだ?」
勇太の問いに、食事の手を止めた老兵は肩をすくめた。
「さあな。アイズ公の命令で地下牢へぶち込むまでは俺たちの仕事だが、その後のことは立ち入り禁止でさっぱりだ。まぁ、悪さをした獣だ、それなりの報いを受けてるんだろ」
兵士たちは口を揃えて「魔族の言葉に耳を貸すな」と言った。対話ができる相手だと認めながらも、それを「罠」として切り捨てる彼らの態度に、勇太は言いようのない胸騒ぎを感じていた。
深夜。
個室に戻った勇太は、ベッドに入っても目を閉じることができなかった。
脳裏に焼き付いて離れない、あの異形の魔族。そして、自分にだけ聞こえた『やめて!』という叫び声。
(……魔族は、本当にただの悪党なのか? じいちゃんなら、まず相手の言い分を聞けって言うはずだ)
勇太は、カレンやジャンヌに悟られないよう、静かに部屋を抜け出した。
目指すは、兵士たちが言っていた地下牢。
もし魔族が牙を剥いたとしても、出陣式の時のように「勇者のスキル」が自分を守ってくれるはずだ――。
城の最下層へと続く階段。
夜番の兵士の姿がないことに不審を抱きつつも、勇太は暗い扉を押し開けた。
しかし、その先に広がっていたのは、石造りの中世的な城の光景とはあまりにかけ離れた異質な空間だった。
「……なんだ、これ」
壁には冷たい金属のパネル、扉は継ぎ目のない滑らかな合金製。
それは、勇太たちが元の世界で見ていた「近未来の研究所」そのものだった。
中世ファンタジーの世界に突如現れたオーバーテクノロジー。勇太は本能的に察した。無理にこじ開ければ、何らかの警報が鳴り、アイズ公の「隠し事」を暴く前に捕らえられるだろう。
(……明日、二人に相談しよう。アイズ公は、魔族を使って何かヤバいことをしてる……)
諦めて階段を引き返そうとした、その時。
踊り場の影に、小さな何かが動いた。
「誰だ!?」
勇太は反射的に聖剣の柄を掴んだ。
だが、闇の中から聞こえてきたのは、殺気とは無縁の、消え入りそうな声だった。
『……やめて。お願い……』
「……っ、その声……さっきの!」
勇太は息を呑んだ。昼間の戦場で響いた、あの声の主。
「君は……ここの兵士の子供なのか? 暗くてよく見えない、顔を見せてくれ」
『兵士……? 私はマリー。お父さんが、ここにいるの。お父さんの魔力を……感じるの……』
震える影が、壁に掛けられた蝋燭の微かな火に照らされる。
ゆっくりと這い出してきたその姿に、勇太は息が止まるほどの衝撃を受けた。
「…………え?」
赤色の肌。額から生えた小さな二本の角。ボロボロの布を纏ったその少女は、人間が「絶対の悪」と定義する、魔族の子供だった。
だが、その瞳には憎しみも殺意もなく、ただ愛する親を求める、幼い子供の深い悲しみだけが宿っていた。
勇太の脳内で、システムが沈黙している。
「正義に仇なす悪」を自動で感知するはずの聖なる光は、目の前の小さな魔族に対して、一向に反応を示さなかった。
「……君が、マリー、ちゃん……?」
アイズ公が隠す「近未来の扉」の奥と、親を探して泣く魔族の少女。
勇太の中で、人間側が語る「正義の物語」が、音を立てて崩れ始めていた。




