異形の咆哮と、届かぬ聖光
案内された謁見の間で待っていたアイズ三世は、辺境の指揮官というよりは、都会のサロンに座っている芸術家のような雰囲気の男だった。
整えられた口髭を指でなぞりながら、彼は落ち着いた物腰で勇太たちに一礼した。
「よくぞお越しくださいました、勇者様。……この地は今、これまでにない脅威にさらされております。複数の魔物の特徴を併せ持つ魔族……。兵たちはそれを『混ざり物』と呼び、恐れております。その謎の魔族が城門の前に来ては暴れていくのです」
アイズ三世が語り終えるか否かのタイミングで、一人の兵士が血相を変えて飛び込んできた。
「報告! 城門の外に、また例の個体が出現しました!」
「……早いな。勇者様、実力を見せていただく絶好の機会のようです」
アイズ城の重厚な門が開き、勇太たちは雪の舞う外地へと踏み出した。
そこにいたのは、生物学的な合理性を無視したような異形の巨躯だった。
鬼の角、虎の肉体、蛇の鱗……。3メートルを超えるその巨体が、身の丈ほどもある大斧を無造作に振り回し、周囲の兵士たちを寄せ付けない。
「アタイが行く! ちょこまか動くのは得意なんだよ!」
ジャンヌが雪を蹴った。身体強化魔法により加速した彼女は、文字通り「消えた」。
次の瞬間、魔族の側頭部にジャンヌの強烈な回し蹴りが炸裂する。骨が砕けるような音が響いたが、魔族は首をわずかに傾けただけだった。
「……は?」
丸太のような腕が横薙ぎに振るわれ、ジャンヌは紙屑のように吹き飛ばされる。
「くっ……! 完全にクリーンヒットしたってのに、なんだよあの硬さは!」
「私が抑えます! 【聖なる貫き(ホーリー・ランス)】!」
カレンが叫ぶと、上空から白銀の光の槍が降り注いだ。魔族に絶大なダメージを与えるはずの聖神魔術。しかし、光の槍は魔族の皮膚に触れた瞬間、パリンと虚しく弾け飛んだ。
「馬鹿な……。魔族特攻の術が、効かない……!?」
カレンの顔が驚愕に染まる。それを見た勇太の胸に、熱い衝動が駆け巡った。仲間の窮地、そして自分にしかできない役割。
「……やるしかないんだな。【聖剣解放】!」
勇太の全身から、これまでで最大の光が溢れ出す。聖剣が白光を放ち、雪原を昼間のように照らし出した。
一歩。
勇太が地面を踏みしめ、魔族の懐へ飛び込もうとしたその時。
『――やめて!』
「……え?」
鼓膜ではなく、直接脳の奥に響くような、震える少女の声。
あまりに悲痛で、あまりに切実なその叫びに、勇太の体は反射的に硬直した。
「……あ」
勇太が立ち止まった隙に、魔族は奇妙な唸り声を上げ、巨体に似合わぬ速度で吹雪の向こう――暗黒大陸へと続く山中へ逃げ去っていった。
「勇太様! 大丈夫ですか!? 急に立ち止まって……」
「おい勇太! あと一歩だったじゃねえか、どうしちまったんだよ!」
カレンとジャンヌが駆け寄ってくるが、勇太の耳には彼女たちの声がうまく入ってこない。
(……今の声、なんだ? それに、あの魔族……カレンさんの術が効かなかったのは、なんでだ?)
「……ふむ、逃げられましたか」
いつの間にか背後に立っていたアイズ三世が、残念そうに、だがどこか観察するような冷ややかな目で呟いた。
「あれこそが、我らを悩ませる元凶。あれが村を、兵を、蹂躙していくのです。……勇者様、次は逃さぬよう、お願いしたい」
アイズ三世は、逃げていった魔族の足跡を見つめ、不気味な笑みをその口髭の裏に隠した。
勇太は、自分の手に残る聖剣の余熱を感じながら、激しくなる雪空を見上げた。
「魔王を殺せば帰れる」……そのシステムが提示する単純な正義が、あの「少女の声」一つで、ひどく複雑で恐ろしいものに見え始めていた。




