塗り固められた正義の産声
「……勇者様! 目覚めてください、勇者様!」
鼓膜を突き破るような叫び声で、勇太は飛び起きた。
視界が回る。豪華すぎる石造りの天井、鼻を突くお香の匂い、そして自分を囲んで跪く、見たこともない甲冑を着た男たち。
「……え? 彰人? じいちゃん?」
勇太は震える手で自分の体を確認した。血は流れていない。それどころか、指先には、今まで感じたこともないような「万能感」が満ち溢れている。脳の奥底で、誰の声でもない、だが絶対的な直感が囁いた。
(――魔王を殺せ。そうすれば、帰れる)
「魔王……? 何、これ。撮影? 女の子は!? 彰人はどこだよ!」
「勇者様、落ち着いてください! 世界が魔族に、邪悪な魔王に滅ぼされようとしているのです!」
すがりついてくる老人や騎士たちの形相は、正気とは思えなかった。勇太は訳もわからず、ただ、その「万能な力」に振り回されながら、吐き気を感じていた。
「……勇者よ。混乱するのも無理はない。だが、まずは我らの話を聞いてはくれまいか」
重厚な声とともに、謁見の間の奥から一人の男が歩み寄った。金糸の刺繍が施されたマントを羽織った、威厳ある初老の男――グラウディア王国の王、グラウディア。
その後ろには、白銀の軽装鎧を纏った美しい王女カレンと、神経質そうに髭を撫でる宰相のグランが控えていた。
「ここはグラウディア王国。そなたが今手にしているのは、神が授けた聖剣……我ら人類の、唯一の希望なのだ」
「神が…?授けた聖剣……」
「そう。そしてこれがこの世界の現状なのだ」
勇太は、王から差し出された記録用の魔導具(水晶)に映し出される光景を、呆然と眺めた。
そこには、燃え盛る村、逃げ惑う人々、そしてそれらを無慈悲に蹂躙する醜悪な魔物たちの姿が映っていた。
「ひどい……。なんで、こんなことを……」
「それが魔族なのです、勇者様」
宰相のグランが、しわがれた声で補足した。
「あやつらは慈悲を知らぬ。対話などは罠に過ぎん。我ら人間を食らい、悦に浸る悪鬼の類。……今、この瞬間も、辺境の民が命を奪われておるのです」
王女カレンが、祈るように勇太の手を握った。
「お願い、勇者様。……私たちには、戦う力がありません。でも、あなたにはある。その力で、どうかお父様や……罪のない子供たちを守ってください」
勇太は、カレンの震える手に、かつての自分を重ねた。
親に放置され、暗い部屋で震えていた自分を。
そこから救い出してくれたのは、彰人の父親だった。そして、温かく抱きしめて「もう大丈夫だ」と言ってくれたのは、祖父だった。
『勇太、強い力は、誰かを守るために使うんだぞ。じいちゃんとの約束だ』
祖父の言葉が、脳裏でリフレインする。
目の前で怯える人々を放っておくことは、勇太の魂が許さなかった。
「……でも、いきなり『殺せ』なんて、そんなの……」
「殺すのではない。……『救う』のです、勇者様」
グラン宰相が、静かに、だが断定するように言った。
「魔王という巨悪を討つことは、この世に生きるすべての命を救うことに他なりません。それが、神があなたを選んだ理由なのですから」
勇太は、握りしめた聖剣の柄を見つめた。
彰人はどこに行ったのか。自分はどうしてここにいるのか。
何もかもが不透明な中で、ただ「困っている人を助けるのが正しい」という祖父の教えだけが、今の彼の唯一の道標だった。
「……わかったよ。まだ、全部は理解できてないけど……。この人たちが泣いてるのは、本当なんだな」
「左様にございます。……では勇者様。まずはその聖剣に慣れていただくため、騎士団と共に演習場へ。明日には、魔族の影が見え始めた北の村へ向かっていただきます」
勇太は、白銀の鎧に袖を通した。
その光り輝く姿は、グラウディアの民からは「救世主」に見えただろう。
だが、その内側にあるのは、ただ「早く終わらせて帰りたい」という悲痛な願いと、自分に言い聞かせるような危うい正義感だった。
勇太の「勇者」としての旅路が、意図的に塗り固められた「正義」の中で産声を上げた。




