誘惑
「任務完了を祝してかんぱ〜い!!!」
エクス•マキナ討伐戦。
それを犠牲者0人で成し遂げた祝賀会。
その晴れの式だというのに、シンヤの顔は浮かないままだった。
生殖能力の喪失。それは彼にとって、全く安い代償ではなかった。
恵まれた家庭で、愛されながら育ってきた人間が持つようになる感性や自分を肯定する術。それが自分には欠けている。その自覚は持っていた。
自分の子どもを作って、愛情を注ぐことで、そのぽっかりと空いた穴を修復できるんじゃないかと。そんな淡い期待が打ち破られた。
そう期待していただけに、この代償は彼を絶望させるのに充分すぎるものであった。
「隣、座ってもいい?」
一人打ちひしがれる彼の隣に座ったのは、この任務を受けるきっかけとなった女性、テリア。
「ああ。もちろん」
正直あまり人と話したい気分ではない。
大人数の集まりは苦手だし、今すぐに帰ってヤケ酒をしたい気分だったが、祝賀モードを壊すこともできず、表面上は楽しんでいる雰囲気を出している。
「今回は本当にありがとう!シンヤがいなかったらこの任務は絶対に達成できなかったよ!」
「いや、そんなことないよ。みんなのおかげさ」
こういう風に褒められた時、なんて返していいのか分からない。フウライだったらうまい返しができるのだろうか。
少なくとも自分には、傲慢な人間だと思われないよう謙遜をする以外の選択肢が思いつかない。
「それはそうだけど、君が1番の功労者だってみんな言ってたよ!君の能力ならもっと報酬の高い依頼もこなせるはずなのに、私のことを助けてくれて」
「困ってる人を助けるなんて当たり前だよ。何の取り柄もない俺にはそれくらいしかできなくって••」
それを口にした瞬間、「しまった」と思った。
自虐を口に出すのは好きじゃない。
そんなことをしても、気分が晴れるのは自分だけ。自虐を聞いた相手は、気遣う以外の選択肢を失う。
その結果気まずい雰囲気が流れてしまう。
だからしたくなかったのに。
つい口を滑らせてしまった。
この後の空気が怖い。
だが、そんな不安を消し飛ばすように
「そんなことないよ!!」
彼女が両手を握り、大声でそれを否定する。
「当たり前じゃないよ。確かに優しい人は世の中にたくさんいる。だけど、ほとんどの人は実行に移せない。私だってそう。覚えてる?私たちが初めて会った日のこと」
忘れるはずがない。
俺が異世界に来て、初めて話した相手。
「君は一人でワイバーンに立ち向かった。
本当は私も、それが正しいことだって気づいてた。でもできなかった。いろんな言い訳を頭の中でして、結局実行には移せなかった。
だから、取り柄がないなんて言わないで!人を助けるために行動できるっていうのは、間違いなく君の立派な美点。それは絶対に否定させない」
それは綺麗事かもしれない。単なる憐れみの言葉なのかもしれない。
だけど、その言葉を聞いて涙が出そうになった。
社会と現実に揉み込まれるうちにすり減っていった自分の人生観。
それを肯定されたことが、これ以上ないほどに嬉しかった。
その高揚感が思い出させる。
愛の形なんて数えきれないほどある。
隙間を埋めるピースは一つだけじゃない。
子どもを持たずとも、幸せに暮らす男女だって大勢いる。
だとしたら自分にとって、心に残る空虚な穴を埋めるピースは彼女なのかもしれない。
そうだ。せっかく2度目の人生。
悔いのないように生きると決めたじゃないか!
今までの俺に足りなかったのは、魔法でも、ましてやチートスキルでもない。
勇気と行動力。
そうだ。勇気をだせ。
スキルなんかに頼らなくても、今の俺なら——
「その、よかったら今度食事——」
「ここにいたのか」
「レオンさん!」
俺の、積み上げてきた全てを振り絞った声は遮られた。
だけどもう止まれない。
俺はやり直すって——
だが続きを話そうとした瞬間。
全身に悪寒が走る。
脳内を漂っていた小さな記憶が、一人でに集まり始める。
そして、一つの答えを出してしまった。
「その。二人はどういう関係なんだ….?」
「そっか。シンヤはまだ知らなかったんだね。レオンさんは、私の今の婚約者」
そうか。
そういうことか。
俺が入ってメンバーが溢れた時、彼女が任務に行きたがるのを必死に宥めていた。
婚約者として、テリアを危ない任務に行かせたくなかったから。
まあ考えてみれば当たり前か。
テリアみたいな優しくて可愛くてスタイルのいい女性。それを放っておくわけがない。
俺には過ぎた夢だった。
それに、レオンになら任せられる。
複製体が人を襲う条件。
(彼女たちを『所有』しようとした場合です。)
(一番多いのはナンパや強姦ですね。)
死体が見つかったの場所は人気のない路地裏。
つまり元婚約者は、テリアと付き合っていながらそういうことをしようとして•••
それを今話す意味はない。
レオンはいい奴だ。
ほんの数日の間柄だけど、それは断言できる。
彼ならきっと、彼女を一生を懸けて愛するはず。
そう勝手に納得していると、レオンも手を伸ばす。
「俺からも礼を言わせてくれ。キミのおかげで、彼女との約束をようやく果たせた。これで心置きなく結婚ができる。」
差し出された手を、硬く、震わせながら握る。
それが終わると彼は、少し気恥ずかしそうにしながら席を去っていった。
正直、体の傷も心の傷も癒えきらないまま。
だけど乗り越えるしかない。
まだ俺の人生は始まったばかりなんだから。
それに
ガシッ
再び俺の手を握りながら、屈託のない笑顔で
「シンヤ。本当にありがとう!」
そう声をかけてくれる彼女の笑顔。
それは代償を支払うに値する充分な対価だって。
そう納得できた。
できるはずだった。
なのに、それを嘲笑うかのように
「習得可能スキルが一つあります」
冷徹な機械音が再び俺に囁いてきた。
習得可能スキルが一つあります。
スキル~交夜の誘惑~
対象(異性限定)を自分の虜にする。
代償 ???
習得しますか?




