第8話:楽屋の対峙、そして五百年の祝杯
「……さて。説明してもらうよ」
レンは乱れた衣装のまま、ステージの端に歩み寄る。
「この化け物のことも。……それから、僕をあんな懐かしい名前で呼んだ、君たちのこともね」
観客が「最新のAR演出か何か」だと勘違いし、どよめきと興奮に包まれる中、志貴たちはレンに導かれるようにして、スタッフさえ遠ざけられた個人楽屋へと足を踏み入れた。
重厚なドアが閉まった瞬間、駅前の喧騒は嘘のように消え、張り詰めた静寂が楽屋を支配する。
「このフロアに人はいない。……話しなよ」
レンが衣装のままソファに深く腰を下ろした。その瞳には、先ほど戦場で見せた黄金の光はない。だが、代わりに底知れない冷徹な光が宿っていた。
「説明してもらおうか。僕のライブをぶち壊したあの『怪物』と――君たちが、僕をどうしてあの名前で呼んだのか」
レンの視線が、対面にドカッと座り込んだ荘助に突き刺さる。荘助は不敵な笑みを浮かべ、あろうことかテーブルの上の高級な茶菓子に手を伸ばした。
「はっ! 舞台が変わり、装束が変わり、今度は数千人の民を歌で惑わしておるとは。相変わらず手の込んだことをするのう、毛野」
「……その名前で、僕を呼ぶな。僕は犬坂レンだ」
「ならば、その胸の奥にある珠はどう説明する。お主の魂は、『智』の義を忘れ、ただの歌い手に成り下がったか?」
荘助の言葉が、刃となって楽屋を切り裂く。レンの顔が微かに歪んだ。
「……黙れ。何も知らないくせに……!」
レンが立ち上がろうとしたその時。それまで静かに志貴の隣に立っていた姫菜が、ふわりと一歩前に出た。
「知ってるよ。レンくんが、自分でも理由がわからない『寂しさ』を埋めるために、ずっと歌い続けてきたこと」
「っ……!? なぜ、それを……!」
「知ってるよ。私は前世では伏姫として、八犬士と一緒に戦ってたんだもん」
姫菜の、迷いのない言葉。レンは息を呑み、志貴はあまりにさらりと言い放たれた「秘密」に、思考が追いつかず固まる。
「伏姫……。その、あり得ない響きが、どうしてこんなに脳を焼くんだ……」
レンが力なく笑い、ソファに深く沈み込んだ。その瞳には、トップアイドルの華やかさはもうない。
「僕はね、歌が好きなわけじゃない。……他に、何もなかったんだ。親からはゴミみたいに扱われ、逃げ出した先の孤児院でも居場所はなかった。ただ、ずっと昔から知っていた気がするんだ。自分ではない『誰か』を演じ、着飾り、舞うことでしか、地獄を生き抜く術はないんだって」
レンが自嘲気味に自分の細い指先を見つめる。
「必死だった。この華やかな世界に這い上がるために、心の中の自分を何度も殺した。……さっき、荘助の背中を見た瞬間に分かったよ。あの大火の中、泥にまみれて女の格好で刀を振るっていた記憶。あれは夢じゃない。僕が、僕であるために選んできた地獄の続きだ」
レンが志貴を射抜くような目で見つめる。その瞳には、剥き出しの怒りと「智」の冴えがあった。
「やっと見つけたんだ。僕だけの居場所を。……それをあんな化け物に壊されて、黙ってられるわけないだろ。僕は、僕を捨てた運命を見返してやるために、この場所を守らなきゃいけないんだ。前世の因縁だろうが何だろうが、僕の武器にしてやる」
志貴は何も言えなかった。レンの背負う闇が、あまりに深く、重かったからだ。
「……ふふ。そっか。レンくんは、今度こそ自分のために戦いたいんだね」
姫菜が、静かに、だが優しく微笑む。
「……さて。これで決まりだね。ねえ、レンくん。バラバラだったピースが、ようやくこうして集まり始めたんだもん。あなたも、私たちの輪に加わってくれるでしょ?」
レンは忌々しげに舌打ちし、乱れた衣装を整えながら志貴を睨みつけた。
「……気に入らないな。君のその、何も分かっていない癖に、すべてを惹きつけるような目。……いいだろう。この貸しは高くつくよ、志貴」
運命の歯車が、新宿のど真ん中で、取り返しのつかない速度で回り始めていた。
ついに、揃い始めた八犬士!彼らの行く末はいかに。
次回もお楽しみにお待ちください!!




