第7話:共鳴のステージ
学校から数キロ離れた、駅前の噴水広場。
志貴は、先ほどまでの激しい風圧による耳鳴りを抑えながら、早歩きで突き進む荘助の背中を必死に追っていた。
「……待て、待てって! 会いに行くったって、あいつはアイドルだぞ? セキュリティだってあるし、そもそも今どこにいるかも……」
「あ、問題ないよ。ほら、これ見て」
隣を軽やかな足取りで並走する姫菜が、スマホの画面を突きつける。そこにはSNSの拡散情報が踊っていた。
『【本日開催】犬坂レン、新曲リリース記念・屋外フリーライブ! 13:00〜 駅前スカイプラザにて』
「ちょうど今からじゃない。場所もここから目と鼻の先だよ、志貴」
「……姫菜、お前までノリノリかよ。大体、あんな有名人に近づけるわけないだろ」
志貴の現実的な抗議を余所に、荘助の瞳には確信に満ちた鋭い光が宿った。
「素晴らしい。天が我らを導いておるか。行くぞ、志貴、姫菜殿! 毛野の魂を呼び覚ます!」
会場のスカイプラザは、数千人のファンで埋め尽くされていた。
特設ステージの上で、中性的な美貌を持つアイドル・犬坂レンが歌い踊る。その姿は、かつての「女装の麗人」犬坂毛野の面影を色濃く残していた。
だが、その華やかな光の裏側で、空気が淀み始めるのを荘助と姫菜だけが感じ取っていた。
「……来るよ。この禍々しい気配、普通の人間じゃない」
姫菜がフワッとした口調のまま、しかし真剣な眼差しでステージを見据える。
次の瞬間、ステージの背後、ビルの影から巨大な黒い霧が噴き出した。それは次第に形を成し、数条の触手を持つ異形の妖怪へと変貌する。
「な、なにあれ! 逃げろー!」
「うわあああ! 化け物だ!」
さっきまでの歓声が悲鳴に変わり、混乱する観客が我先にと逃げ惑う。そんな中、妖怪は明確な殺意を持って、ステージ中央のレンへと襲いかかった。
「毛野ーーッ! 下がっておれ!」
荘助が群衆を割り、弾丸のように跳躍した。ジャージ姿のままステージに降り立った荘助は、鞘のまま凄まじい一撃を放ち、迫りくる触手を叩き斬る。
「おい、君! 何してるんだ、危ない……!」
レンが声を荒らげる。だが、目の前のジャージ姿の男は、まるでレンを守る盾のように立ち塞がり、次々と襲いかかる異形をなぎ倒していく。
(……毛野? 今、僕のことをそう呼んだのか?)
レンの思考が停止する。初めて見るはずの男。なのに、その広い背中と、迷いのない剣筋に、覚えのない**既視感**が突き刺さる。胸の奥が熱い。頭の中で、自分のものではない怒りと闘争心が沸き上がり、レンの視界を黄金色に染めていく。
だが、現れた妖怪は一体ではなかった。地面から這い出た影が、荘助の足元を絡め取る。
「しまっ……!?」
空中での無理な体勢を突かれ、荘助は巨躯を地面に叩きつけられた。無数の触手が、とどめを刺さんと荘助の胸元へ殺到する。
「危ない!」
志貴の叫びが響く。絶望的な一撃が荘助へと振り下ろされようとした、その時。
「……五月蝿い」
レンが低く呟いた。その瞳からアイドルとしての光が消え、底冷えするような黄金の光が溢れ出す。
「僕の、邪魔を、するなと言っているんだ……!」
その瞬間、会場全体の空気がピシリと凍りついた。
レンが胸元に手を当てると、その皮膚を透過するように、白銀の光を放つ**「珠」が浮かび上がってきた。光り輝くその珠の中央には、鮮烈な墨色で『智』の文字が刻まれている。
珠はレンの意思に応えるように二つに分かれ、両手の中で眩い光を放ちながら、鈍い銀光を放つ二対の鉄扇**へと姿を変えた。
レンがステージの床を蹴った。舞踊のステップを遥かに超えた、音速の踏み込み。
レンがステージのセンターで、独楽のように鋭く回転を始めた。それは完璧に計算された舞踊のようでありながら、周囲の空気を猛烈な勢いで吸い込み、巨大な真空の渦を作り出していく。
レンが両手の鉄扇を、天を裂くように力強く、そして優雅に振り抜いた。
「――『飛扇・風智流』」
刹那、ステージから猛烈な白い旋風が放たれた。
それは単なる突風ではない。数千、数万の真空の刃が、知性を持つかのように影の急所を正確に抉り、切り刻んでいく。絶叫に近い音を立てて、巨大な影の塊が内側から弾け飛んだ。
静まり返る広場。
レンはふうと一つ息を吐き、手の中の鉄扇を閉じた。鉄扇は淡い光の粒子となって霧散し、レンの胸の奥へと消えていく。
「……さて。説明してもらうよ」
レンは乱れた衣装のまま、ステージの端に歩み寄る。
「この化け物のことも。……それから、僕をあんな懐かしい名前で呼んだ、君たちのこともね」
荘助は満足げに鼻を鳴らし、ドカッとステージに腰を下ろした。
「はっ、相変わらずのキレよ。記憶はなくとも、魂は忘れておらなんだか!」
そこへ、姫菜がスマホを片手にフワフワとした足取りで現れる。
「あーあ、ライブ中止になっちゃったね。でも、最高にカッコよかったよ、レンくん。今日から君も、私たちの仲間だよ。……ね、志貴?」
ようやく立ち上がった志貴は、アイドルと武士と幼馴染を見比べ、天を仰いだ。
「……俺、もう一生、普通の生活には戻れないんだな」
こうして、二人の八犬士が現代で相見えた。だが、それがさらなる激闘の幕開けに過ぎないことを、彼らはまだ知らなかった。




