第36話:それは人のまま人をやめた者
「『カースフレアショット』」
その言葉を聞いた瞬間、ルルは反射的に攻撃を放っていた。
もしかしたら父親が手配した味方かもしれないという希望が消えたからでもあったが、それ以上に、目の前の星崎翼と名乗った女が恐ろしかった。
さきほど闘った晶なんて比べ物にならない。あれをもっと恐ろしくした者だ。
ルルは理性ではなく本能でそう感じていた。
だから、即座に出せるもっとも強い一撃を放った。きっと、18年の生涯、1年にわたる冒険者経験の中で、もっとも早く行動できたと思う。
なのに。
「『ディメンション -D -F 90』」
呪の炎は、翼が放ったそんな言葉で意味を失った。
無数の炎弾が、近づいた瞬間に左右に曲がって、あらぬ方向へ吹き飛んでいく。
「……へっ?」
それを見て、瞬間ルルは忘我してしまった。何が起こったのか分からない。
まだ、晶の方は、どうやっているかはともかく、何が起こっているのかは理解できた。なのに、今の現象は全く理解できなかった。
「……!『カースフレアブラスト』、『カースフレアホーミング』、『カースフレアブラスト』」
それが認められなくて、理解したら自分が壊れてしまうような恐怖に襲われて、必死に様々な魔法を放った。
最初の炎の爆発は、同じように左右に曲げられた。次の炎の曲がる弾丸は180度前面に広がって打ち込まれ、それらも全て歪められた。
最後の爆発にいたっては、翼が無造作に振った槍によって、跡形もなく分散して消滅してしまった。
全て、無意味に終わった。
「アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!」
無我夢中で拳を握り、直接殴り掛かる。
しかし、破れかぶれの攻撃など当たるはずもなく、翼は頭をかしげて攻撃を躱すと、足払いを仕掛けた。
「きゃっ!?」
そして、顔から地面に倒れ込み、立ち上がろうとした瞬間に、背中が強く打ち付けられる。
「グハッ!?」
それは彼女の持っていた槍の石突で背中を打ち付け、動きを縫い留めるような一撃だった。
「さて、ようやくゆっくり話せそうね。」
「やだ、やめてよ。離しなさい。私を誰だと思ってるの!?私にひどい事したらパパが許さないんだから。」
激痛に顔を歪めながら必死にいつもの脅し文句で怒鳴りつける。
こうすれば、ルルの素性を知っている人物は大抵怯んできた。スペースプラントは決して小さな組織ではない。しかも冒険者クランは言い換えればダンジョン専門の民間軍事会社のようなものだ。そんなところに喧嘩を売りたい人間なんていない。
「あら、それならもう問題ないわよ。」
上から、そんなからかい混じりの声が降ってくる。
そして、目の前に画面が見えるようスマホが置かれた。
ニュースサイトが表示されたそこには、
『速報 冒険者クラン「スペースプラント」、冒険者への違法労働、およびダンジョン系過激派団体へ資金の一部出資の容疑で家宅捜索へ。』
そう書かれていた。
「……うそ…。」
「どうやら、結構前から疑われてたみたいね。そして、貴方がダンジョンで晶たちを襲っていたことから断定されたっぽいわよ。完全に貴方のせいね。」
「そ、そんな……。」
そう言われて、頭が真っ白になる。私のせいで、私のせいで、私のせいで……。
その言葉が、漂白された思考の中で無限にリフレインしていく。
ただ、ルルの隣りに立っている魔女はその心の隙を軽い調子で抉っていく。
「そう、貴方のせいで貴方のお父様は逮捕される。貴方のせいでクランに所属していた人たちが路頭に迷う。貴方のせいでクランに関係していた多くのステークホルダーに迷惑がかかる。」
「わ、私のせいで…?違う、違う、違う!」
「何も違わない。貴方が何もしなくてもいずれこうなってはいただろうけれど、これほど早く終わったのは貴方のせい。どうしようもなく、客観的に、絶対的に。」
「違う!違う!!違う!!!私は言われただけだもん!!エインズの奴について行っただけだもん!!!」
いつの間にか背中から石突は離されていた。しかし、それに気が付く様子もなくルルはその場で暴れ、泣き叫ぶ。
それは子どもの癇癪のように見えた。
「あぁ、こうなっちゃうか。まあ目的は達せられてるし、別にいいか。『スリープ -e -M』」
そう言うと、翼は右手の人差し指を立てる。その指先に黒い球体が発生してそれが泣きわめくルルの頭に吸い込まれていく。
そして、急にぴたりとルルの動きが止まり、寝息が聞こえ始めた。
「さて、これで当分起きないし、さっさと回収にむかいましょうか。そろそろ彼らも来るだろうし。この子を手土産にすれば、まあ最初から殺されるなんてことはないでしょ。」
そう言って、翼はルルに手をかざす。すると彼女の姿がブレ、消えた。翼の拡張した空間に転送されたのだ。
そうして、翼は無造作に歩き出す。その先にはダンジョンへの入口があった。
そして、入口に差し掛かったあたりで、『ディメンション -s -i』とつぶやくと、その姿が見えなくなった。
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そして、たどり着いた最奥にて。
晶はその部屋のさらに奥の壊れた祭壇に背中を預けて座り込んでいた。
そして、その顔には何の表情も浮かんでいない。ただ、その顔のまま涙をとめどなく流し続けていた。
ただ、なぜ自分が泣いているのかが分からない。いや、分かっているが今の彼女には理解できない。
ただ、頭が痛くて、心臓が凍りついたみたいに萎縮していて、手足は立てないほど震えていた。
全身が寒い。ただただ怖くて、怖くて、怖くて体が冷えていく。
私は、私なのだろうか。あの時、エインズ4(富田)を殺したのは私なのだろうか。闘って、殺して、生き残っている今の私は、今までと連続した私なのだろうか。
急激に切り替わった思考アルゴリズムは、自分の連続性を疑わせるには十分だった。
記憶はあるのに、その時自分が考えていたことが今の自分と違いすぎる。
そして、それは自分の精神に想像を絶する負荷を加え、ただ戻らない思考ルーチンはその感情を理解できない。
だから、分からないままに涙を流し続ける。
外に逃げ出さなければならないのに、手足が冷えて、震えて動かすことができない。
ただ、私の命を狙う者がいれば、この涙を即座に止め、十全に動くことができるのはなんとなくわかる。今の私はそういうものだ。
だから、ここまで、部屋全体を見回せる位置まで必死に這って来たのだ。
ただ、何もしていないこの状況が、閉ざしていた精神の封印を若干緩めている。そこから、私の、切り離した感情があふれてくる。
そして、それが長く続いて、元に戻ろうとしたとき、懐かしい声が聞こえた。
「やれやれ、また泣いてるの?」
いつの間にか、目の前に同年代の少女が、困ったような笑みを浮かべて立っていた。
一瞬、腰を浮かしそうになって、その正体に気が付いて力が抜けた。
「翼……先輩?」
「久しぶりね、晶。もっと普通の場所で会いたかったけれど。」
分からない。なぜ、彼女がここにいるのか。なぜ困ったように笑っているのか。
「あらら、もうけっこう限界そうね。今日はもう寝た方がいいわね。」
そう言って、おでこの辺りを人差し指で軽くつつく。
すると、何かがじんわりとしみてきて、意識が遠のいていく。
「先輩……私……。」
「後でゆっくり話しましょ?ちゃんとアフターケアまでこっちでやっておくから。」
その言葉を聞いて心の底から安心する。
そして、私の意識は深い深い闇に落ちていった。




