表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心臓が水晶になった私、助かるために現代ダンジョンを攻略することになりました  作者: 彩名氏シエル
第2章「シーリー・コート」編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/66

第37話:エピローグ

目が覚めると、白い天井が目に入った。

2か月ぐらい前にもこんなことあったなとぼんやりとした頭で考える。

なんだか、頭がボーっとして、うまく働かない。感覚も何かを一枚はさんだように遠い。

右腕を上げようとする。ここが病院ならナースコールがあるはずだから。

しかし、それはできなかった。腕が、あ、いや体がうまく動かない。そうして、ようやく全身がとてもだるいことに気が付いた。

ただ、スイッチの入らない頭では、それが異常だと分かっていても危機感がわいてこない。なぜかそれが辛いとも思えなかった。

数十秒間体を動かそうともぞもぞともがいていたが、段々それをやる気すらなくなってきてまたボーっと天井を見上げる。

そして、また思いついては体を動かそうともがき、息が上がってやめるのを繰り返していると、いきなり個室の扉が開いた。

「あ、清水さん。目が覚めたんですね!」

そう言って、看護師さんが体をふきながら話してくれた所によると、私は三日ほど意識不明の重体だったらしい。ただ、それは怪我の後遺症というより、過度の脳疲労に近い症状だったそうな。

最初はそれが分からなくて外科医の先生が困惑していたと面白そうに話してくれたが、私としては迷惑をかけたとしか思えない。

そして、身の回りの世話をされながら異常がないか聞かれたので、体の感覚が鈍くて頭も働かないとたどたどしい口調で伝えた。

すると血相を変えた看護師さんはすぐに医者を呼んできてくれた。

結論から言えば、急性ストレス反応、または解離症状を伴う精神的消耗と診断された。

分かりやすく言えば、極度のストレスや恐怖によって精神が自分を守るため、一部の感情や現実感を切り離してしまった状態らしい。

特に私は戦闘中の記憶と、その時の思考様式に強い断絶感を覚えていたため、それも症状を悪化させている可能性が高いと説明された。

そうして、私は2週間ほど入院することになった。

お見舞いに来てくれた両親には泣かれてしまった。正直申し訳ないとは思うが、それ以上何か言うこともできない。

恒一と澪には謝られた。あの時一人置いて行ってすまないと。正直、あそこではああ動くのが最善だったし、私はそれを承知で、二人に無断で残ったのだ。

だから、そう言って二人を慰めたのだが、かなり落ち込んでいるようだった。まあ、無理もないのかもしれない。

ちなみに、澪は軽いPTSD、恒一も澪ほどではないが強いストレスに晒されて体調を崩していたらしい。

だから遅くなったとその点でも謝られてしまった。私も謝り返して謝罪合戦のようになり、互いにあきらめて雑談してから帰ってもらった。

そうして、なんだかんだ1週間たって、病院食にも慣れ始めていた時の夜。

彼女は唐突に現れた。

「やっと終わったわ。」

そう、さも当たり前みたいな顔でベッドわきのスツールに座っていたのは、長い黒髪をハーフアップにまとめた美少女。ただしその印象は美しいというより凄絶というほうが似合うが。

「どこから、どうやって、何の用で入ってきたんですか、先輩。」

私がそっけなくそういえば、翼先輩はコロコロと鈴を鳴らすような声で笑った。

「そこまで無下にしなくてもいいじゃない。あの頃みたいに普通に接して欲しいわ。」

「あの時から私はこんな感じだったでしょう。堂々と違法行為してるんですからさっさと話してください。」

「まったく、変わらないわねぇ。」

やれやれという顔で首を横に振る翼先輩に、そう言いたいのはこっちだと内心でぼやく。この1週間でだいぶ精神が復調してきたが、別種のストレスで頭が痛くなってきた。

この人は、行方不明になった3年前から全く変わっていない。今ももう夜中の11時で、病院は閉まっているはずなのに平然と病室に入ってきた。

この人ならばさもありなん、と思って無視した自分もたいがいとは思うが、正直この人ほどフリーダムになってもそれはそれでだめだと思う。

嘆きながらありもしない私との青春のひと時を垂れ流す自由人をにらみつけてせかす。すると、翼先輩はつまらなそうに口を尖らせたが、その顔は笑っていた。

たぶん私も微苦笑していたと思う。中学時代はずっとこんなやり取りをしていた。

「さて、本題ね。まぁ、まずは貴方の体調確認よ。どう?『イミテーター』を久しぶりに使った感じは。」

「もう二度と使いたくないです。」

「あなたならそうでしょうねぇ。まあ、それでいいと思うわよ。試行アルゴリズムを『名もなき魔女』に強制的に組み替えるなんて、普通に発狂物だもの。」

「……前から気になってたんですけど、その『名もなき魔女』ってなんなんですか?」

「あら、前も説明しなかったかしら。」

「あの時、私今以上の精神崩壊状態だったじゃないですか。覚えてませんよ。」

「そういえばそうだったわね。まあ、改めて言えば、名もなき魔女はある種の哲学かしらね。試行アルゴリズムでもいいけど。」

「まあ、はい。なんとなくわかります。」

私が何とも言えない顔で言えば、翼先輩は苦笑しながら続ける。

「と言っても、まあそこまで複雑なものでもないのよ。極論、自分を自分という一端末と認識する。これが名もなき魔女の重要な点。」

「えっと、つまり…?」

「自分の中で絶対にこれだけはゆずれない、あるいはこれを規準に自分を動かすという規準を定めて、自分がそれに沿った動きをできているのか常時モニタリングしている状態。」

「……。」

私は絶句した。それは、人の思考と呼べるのだろうか。

ただ、同時にようやく理解した。

イミテーターを使った時の私が何だったのか。

あの時の私は確かに私だった。

記憶もある。思考も覚えている。なのにまるで別人に感じた。

理由は単純だったのだ。

あの時の私は、自分以外を見ていなかった。

恒一も。澪も。ルルも。エインズ4も。

自分の死さえ、全てがただの環境情報だった。

必要なら利用する。邪魔なら排除する。

それだけだった。胸の奥が寒くなる。そんなものを人間と呼んでいいのだろうか。

ただ、感情面の嫌悪感さえ抜きにすれば、とても合理的で楽な生き方だなと思う。

だって、あの方式なら自分について迷うことはない。自分に何ができて、何ができなくて、何が嫌いで、何が好きなのか。

客観的にそれらを理解しているのだから、2択で悩むことはあっても迷うことはないのだろう。

たとえそれが一般的な倫理観から外れていたとしても、自分にとっての規準さえ満たしてしまえば適切な動きになるのだから。

ただ、それには一つ、致命的な問題があって。

「あの、先輩。」

「あら、なに?」

「その価値基準ってどうやって決めるんですか?」

そう、そこだ。価値基準。言うだけなら簡単だ。仕事に生きる、家庭を守る、家族を大切にする、自分本位に生きる。これら全て価値基準と言える。

ただ、もし、それが亡くなってしまったら。定年で仕事がなくなったら、家庭が崩壊したら、家族が死んでしまったら、自分勝手の末に犯罪に手を染めてしまったら。

こんなリスクが付きまとう。そんな価値基準では早々に自分を壊してしまう。

だから、きっと、そんなミクロな単位じゃなくて。

「そう、価値基準はもっと広くて浅くていい。私なら『人の変化』。だから貴方をそんな風にした。」

そう、だから、私が今回こんなにも消耗しているのは。

「でも貴方にはそれがない。まだ、見いだせていない。まあ、これは後天的に見出すのは難しいのだけれどね。」

「それじゃ……まるで。」

「まるで生まれつきそうだった?」

「……。」

私は口をつぐんだ。そのとおりだった。

「まぁ、うん。生まれつきというか、私の場合はネグレクトのせいで他の人が分からなかった。何で自分が親に愛されないのかが分からなかった。だから人を観察して、見て、調べて。」

そうしていたらいつの間にかこうなってたわね。そう言って笑った翼先輩はとてもフラットだ。親からの虐待を何も感じていないように。

あぁ、この人のこういうところが嫌なのだ。どうしようもなく自分を一つの要素としか考えていない。

周囲には完璧な人間を演じる癖に、どこまでも孤独だ。そして、その孤独を当たり前のものとしか見ない。

私は、深々とため息をついて、イミテーターの話を止めることにした。

だから、ため息をついていて意識をそらしているせいで気が付けなかった。

翼先輩が、とても楽しそうに、愉悦を含んだ笑みでこちらを見ていたことに。

そんな顔をするこの人がろくなことをしたことがないと知っていたのに。

「あ、そうだ。」

そう言って、星夜の似合う美しい魔女は笑った。

「貴方の心臓、そろそろどうにかしたくない?」


第2章、END


第2章を読んでいただきありがとうございました。

これにて第2章は完結となります。

長かったシーリー・コート編、空間魔法編、スペースプラント事件編もようやく一区切りとなりました。

ここまで読み続けてくださった皆様には感謝しかありません。

少しだけ設定のお話をすると、今回登場した『名もなき魔女』には特定の元ネタはありません。

ファンタジー作品に登場する魔女というより、魔女狩りの時代に語られた『群衆の中に潜む異端者』というイメージから生まれた存在です。

この作品では星崎翼が『人の変化』を価値基準として行動しています。

人を育てるのも好き。

壊すのも好き。

立ち直らせるのも好き。

本人なりに善意はあるのですが、周囲からすると非常にはた迷惑な人物です。

なお、この作品では翼以外の名もなき魔女を登場させる予定はありませんが、現在構想中の短編で別の名もなき魔女を主人公にする予定です。

もし公開できた際は、そちらも読んでいただけると嬉しいです。

そして第3章についてですが、申し訳ありません。

リアルの都合に加え、明日から始まる『異世界ファンタジーフェス』参加作品の執筆を優先するため、更新をいったんお休みします。

現時点では10月頃の再開を予定しています。

変更があれば活動報告でお知らせいたします。

改めまして、第2章までお付き合いいただき本当にありがとうございました。

今後とも彩名氏シエルの作品をよろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ