第35話:星崎翼
目の前で、エインズ4が死んだ。
少なくとも、愛原ルルはああなった人間を生き返らせる方法を知らなかった。
なにせ、頭部に大穴が空いているのだから。
ルルには何が起こったのかよく分からなかった。
確かに、自分の放った『カースフレアショット』は、エインズ4ごとあの女を飲み込み、再生能力と呪への耐性のあるエインズ4はともかく、そうでない晶は骨も残らず燃え尽きていたはずだ。
それなのに、晶の炎が直撃した左半身は透明な結晶に覆われ、透けてみえるその肌には火傷一つない。
そして、きれいな、でも無機的な笑みを浮かべたまま、物言わぬ死体となったエインズ4の胸を足で踏みにじり、頭蓋のあった場所に透明な銃口を向け続けていた。
「……。」
無理だ。
愛原ルルは悟った。
勝てない。絶対に勝てっこない。
だっておかしい。
人間はあんな動きが出来ない。
人間はあんな風に笑わない。
人間はあんな風に人を撃ち抜かない。
人間はあんな……人を殺して何も感じていない表情なんて浮かべられない。
そんなの人間じゃない。
あれは魔女だ。あんなのは悪魔に違いない。
逃げないと、あの怪物から少しでも遠くに逃げないと。
そんな支離滅裂で、自分のことを棚に上げた考えが頭の中でぐちゃぐちゃに混ざりこむ。
もう、ルルは何も分からなくなっていた。
それでもはしる、走る、奔る。恐怖の源から逃げるために、少しでも安全な場所に隠れるために。
そうだ。お父さんの所に行こう。いつもみたいに助けてくれるはずだ。お父さんはすごいんだ、強いんだ、とてもえらいんだ。
お金もあってえらいから、ちょっとしたことならなかったことにしてくれる。そうすれば、きっとまだ何とかなる。
そ、それに、あの晶とかいう人は、警察に何とかしてもらおう。エインズ4を殺したんだ。あいつは人殺しだ。
なぜかこちらを追う足音はしなかった。しかし、ずっと見られているような、背筋を凍らせる感覚がしていて、足を止める気になれない。
道順も分からず、カースサインで強化された身体能力をもってしても息が切れるほど走り続けて、ようやく出口が見えてきた。
夕暮れの日光が目に飛び込んできて、ルルは無性に泣きたくなった。
そして、減速もせず、飛び込むように外へと飛び出した。
「あら、お疲れ様。」
そこに、その女がいた。
ルルの足が止まる。
なぜ止まったのか分からない。
ただ、それ以上一歩でも近づけば、絶対に取り返しのつかないことになる。
そんな確信だけがあった。
その赤い穂先の槍を持った女が目に入っただけで世界が変わったように感じたのだ。
温かみのあった夕暮れは大禍時へと変わった。地底から出てきたはずなのに、まるで奈落のそこにいるような圧迫感が周囲一帯を支配していた。
そして、その中心でスマホを左手に、槍を右肩に乗せた女は、さっきの晶(怪物)とそっくりな、透き通った笑みを浮かべていた。
ルルは、わけがわからなかった。この女の人は誰なんだろう。どうして自分のことを通さないように立っているんだろう。
どうして、見られているだけで心臓が凍りそうなほど怖いんだろう。
呆然と立ち尽くすルルに対して、女は首をかしげる。
数秒の沈黙の後、かすれた声でルルが尋ねた。
「……だ、誰?……。」
「あ、そうね。自己紹介が先よね。」
女は、その異質な空気にそぐわない、朗らかな調子でそう言うと、笑みの質を一段柔らかなものにして己について語った。
「私は星崎翼。あなたに分かりやすく言えば、清水アキラの中学時代の先輩と言った所かしら。」
そう言って、女性は持っていたスマホの画面をこちらへ見せる。
そこには星崎翼と名乗った女性と、さっきまで殺し合っていた清水晶を少し幼くした容姿の二人が並んで立っている写真だった。
翼が満面の笑みなのに対して、晶の方はどこか困ったように笑っていた。
写真の中ですら、晶のほうが振り回されているように見える。
「ど、どうしてそんな人がここに……?」
「何でって……。そりゃ。」
翼は朗らかな笑みのまま言った。
「あなたを生け捕りにして、謝礼代わりの手土産にするために決まってるじゃない。」




