第33話:イミテーター
レッサーデーモンサモナーの頭部が弾け飛び、数秒して体が光の粒子となって四散していく。
そこに残ったのは、他の悪魔の魔石よりも大きな、赤黒い石だけだった。
私は踏みつけていた右足から力を抜いてゆっくりと地面に下ろすと、手に持った真武装……CW-02 クリスタルバレル・ショットガンのストックを肩から外した。
そして、それと同時に部屋の中に残っていたアンデッドが光の粒子となって消滅していく。知ってはいたが、召喚系のユーンは召喚主が倒されたら消えるというのは事実だったらしい。
その光を見て、恒一と澪はその場に座り込んだ。
私もふぅと大きく息を吐いて、ショットガンをマジックバッグに入れた。
「討伐完了です。お疲れさまでした。」
「終わったー……。」
「つ、疲れた……。」
三人でそうしゃべっていれば、部屋の右奥の角の床が輝きだす。
そこには複雑な魔法陣が輝いていた。
あれが外への転移陣だということは考えずとも分かった。
「出てきましたし、行きましょう。」
私が促すと、二人は支えあいながら立ち上がり、ゆっくりと転移陣へ向けて歩いて行く。
私は二人とすれ違うように、ダミーとして置いておいたポリカーボネートシールドのある、この部屋唯一の入口の方へ歩いた。
二人があと少しで転移陣にたどり着くという時、私はシールドを拾い、入口を見ながら言う。
「二人とも、急いで走って。」
「え?」
「いいから!」
私が珍しく大声を出したせいか、二人は慌てて足をもつれさせながら転移陣へ走っていく。
そして、二人が入り込むのと、そいつらが入ってくるのは同時だった。
「おいおい、逃げるなんてつれねえじゃねえか。」
「そうよ。さんざん追いかけさせて。おかげで疲れちゃったじゃない。」
そんな言葉とともに入ってきたのは、エインズ4と愛原ルルだった。
私は両手でシールドを構えながら言う。
「外に出て救援をお願いします。」
すでに転移陣に入っている二人は外に出ることができない。
「晶!!」
「ま、待って、あき――」
光に包まれ、二人の姿は消えた。
それを横目に、私は二人と対峙した。
すると二人は、とても不機嫌そうな表情を浮かべている。
「てめぇ、なめてんのか? 一人で俺らに勝てるわけないだろうが。」
「そうよ。せっかくあの女から恒一君を取り返すチャンスだったのに。」
二人の身勝手な発言に、胸中のいらだちが募る。
ただ、それと同時に頭蓋の裏側がしびれるような、先ほども感じた感覚に襲われる。
目をそらしてきた過去が、罪が、恐怖がよみがえる。
「おい、何か言ったらどうなんだ。」
エインズ4が苛立たしげに怒鳴る。
おもむろに大剣を振りかぶると、こちらへ向けて振り下ろしてきた。
あぁ、怖い。怖い、怖い、怖い。
それは人を殺せる武器だ。
それは命のやり取りを行う道具だ。
命の危機に心臓が早鐘を打つ。
視野が狭まり、呼吸が浅くなる。
自分はそれを、かろうじて横に飛んで避けた。
しかし、足が震える。
思い出した過去と、現状の一致に眩暈がする。
「何避けてんのよ。さっさと死んじゃえ――『カースフレアショット』。」
黒い焔の弾丸が放たれる。
それが鉛の弾丸と重なり、反射的にホルスターの水晶拳銃で迎撃した。
「ちっ。なんだ、動きがさっきより鈍いぞ。」
「疲れてるんでしょ。そのタイミングで攻撃してるんだし。」
うるさい、うるさい、うるさい。
愚かな人の声が聞こえる。己のことしか考えられない、ただ暴力に酔った愚者の声が。
それがどうしようもなく目障りで、不条理で、不合理で。
だから全てを切り捨てた。
頭の中で、あの時の声がリピートされる。
私が壊れた時、何もかもを拒絶した時。
ささやかれ、内側に埋め込まれたその言葉。
決められた手順通りに。
まるでパソコンのプログラムのように。
私に刻み込まれたそれが目を覚ます。
「私は私を否定する(トレース:ネームレスウィッチ)」
…………
視野が急激に広がる。
足の震えは止まり、恐怖に閉ざされた思考が鮮明になっていく。
『人格凍結』、『目的設定』、『手段確認』」
誰に言うでもない言葉が零れ落ちる。
それは呪文の詠唱に似て、しかし致命的に異なる。
「おい、さっきから何ぶつぶつつぶやいてんだよ。あぁ、気が変わった。お前、苦しめて殺そうと思ってたけど、もういい。『完全戦闘状態』、起動。」
そう言って、そいつが全身に雷を纏い、剣に光と焔が宿る。
「私もやる~。『カースフレアショット』。」
傍らで女が呪の焔を構える。
「『全ては目的のために(イミテーター)』」
自我はすでに死滅した。
大切なものもただの背景と化した。
だから、ここにあるのは一つの機構だ。
『生き残る』。
そのために、自分もマジックバッグからショットガンを取り出して構えた。
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『死霊魔の巣窟』近隣の山の中。
そこを、その場にそぐわない一人の女性が歩いていた。
しかし、その違和感をどう表現すべきだろうか。
純日本人風の、人間離れした美貌のせいだろうか。それとも都心の駅前を歩いていても違和感のない服装のせいだろうか。
或いはスマホに目を落としているのに、一切木や草に当たることもなく、それどころか迷うこともなく歩いているせいだろうか。
「まったく。ここまで来るのに3年もかかるなんて。せっかくあの子と遊ぼうと思っていたのに、巻き込まれ事故のせいでひどい目にあったわ。」
ぶつぶつと文句を言うその表情は、しかし、とても楽しそうに笑っている。
それは十人が十人振り返るほどの美しさを持っていて、しかし異質だ。
「それにしても、まあよくあんなものを続ける気になるものね。もう息絶えているでしょうに。ねえ、そうは思わない?」
女性……星崎翼が振り返っても、そこには誰もいない。
しかし、それに構うことなく話し続ける。
「悪魔系統が使う呪を模倣して、強制的に生命力を魔力へ変換するための文様を彫り込む。短期的な出力の向上は見られても、不安定で使い物にならず、それでいて希少な敵性を要求する。産廃と言っても過言じゃないのに、よくやるわ。」
表情は一切変えないまま、しかしどこまでもつまらなさそうに淡々と話す。
それはどこか、感情と思考の乖離を感じさせた。
「しかもアフリカで私が結構徹底的に破壊したのに、世界中に逃げ延びて無駄な研究を引き継ぐ。もっと有益な方法もあるでしょうに、それに手を伸ばさない。それだけあの事を引きずっているなら……。」
「だまれ。」
翼の視界の先、何もなかった空間が揺らいで、その男は現れた。
スーツを着込んだ中肉中背の男。
しかし、いつもは胡散臭い表情を浮かべている顔は、今はいらだちに支配されている。
「あなたがそれを言うか、あなたが。容赦なく切り捨てたくせに。守る力を持っていたのに、見捨てた分際で。」
「あら、それは私のせいではないとあの時も言ったでしょう? あれは自業自得、因果応報、回りまわった呪詛返し。」
「その発言……二年前と全く変わらない。」
「そりゃそうよ。私たち『名もなき魔女』はそういうものだもの。」
一触即発の空気が周囲を支配する。
片方は笑顔のまま、片方は苦々しい表情で。
しかし、忌々しげな表情を浮かべていた男は、一転してにやりと邪悪な笑みを浮かべた。
「ですが、これで一矢報いることができる。あなたのお気に入りであるあの少女を殺せれば、嫌がらせになるでしょう? それともどうしますか? 世界中から狙われている貴方が表立って助けますか? それはそれでよし。なにせ私たちがどうこうするまでもなく、貴方が消えてくれるのですから。フフフフ、アハハハハハ!」
そう、悦に入ったようにしゃべる男が哄笑を上げる。
そして、上向かせていた顔を下へ向ければ。
翼はお腹を抱えて笑っていた。
「何を……笑っているんですか……?」
「だって、おかしいんだもの。フフフフ……。」
気圧されたように男が一歩下がる。
それを見て、翼は満面の笑みを浮かべた。
それは、ネズミを前にした猫のような、嗜虐心に満ちたものだった。
「あの子を? 殺す? あの程度の存在が? これが笑わずしてどうするのよ。」
心の底からおかしい。
そんな心の声を隠すことなく、魔女は邪悪に笑う。
「あの子は私が手ずから仕込んだ最高傑作。誰よりも人の中にいて、人らしくあって、自分の生存を脅かす相手には容赦しない、できない。まだ未完成だけれど、やがて私たちにたどり着きうる逸材なのよ? それに……。」
おののく男に一歩近付きながら、まくしたてる。
「あなたのおかげで、ちょうどいい錆落としになったわ。ありがとうね。」
満面の笑みでそう言っていれば、男の顔に一瞬悔しさが滲む。
しかし、すぐに嘲笑を浮かべ、吐き捨てた。
「ほざけ。小娘一人、あの力があれば簡単に殺せる。だからせいぜい覚悟しておけ。その自信が踏みにじられ、大切なものが死体となっていることを。」
男はそう言って背を向けて歩き出す。
その体は見る間に揺らぎ、見えなくなった。
それを追うでもなく、翼は振り向いて再び歩き始める。
いつの間にかその右手に、禍々しい槍を握りながら。




