第29話:持ち札/切り札
バリケードを設置して本格的に距離を取ることができた私たちは、移動の痕跡をできる範囲で消しつつ適当な部屋に入った。
「……。」
「……。」
恒一と澪は壁際でぐったりとしている。初めての人との戦闘で体も心も消耗したのだろう。
まぁ、ゆっくりさせておこう。休憩も大切だ。
初めて人と命のやり取りをしたのだ。冷静ではいられないだろう。
澪は肩を抱いて震えているし、恒一は壁に拳を叩きつけながら小さく「チクショウ…チクショウ…」とつぶやいている。
なら、なぜ私は冷静に判断できているのだろうか……。
ふとよぎった、そんな思考を頭を振って追い払う。今はそんなことを深掘りするよりも、現状整理と今後の行動について考えるべきだ。
通路脇で、壁に背中を預けながらマジックバッグの中身を探っていく。
外から持ち込んだ警棒、WC-01 クリスタルブースター(水晶拳銃)、一応回収しておいたポリカーボネートシールド、腰に吊るした魔鉄製ナイフ、今日ダンジョンで実験しようと思っていた実験武装各種。
あとはダンジョン産ポーションとか、非常食、スポーツドリンクとかの飲食物が少々。
……さて。
やはり、長期戦は論外だ。食料は持って1日、飲まず食わずでも4日。向こうがどのぐらい食料を持ち込んでいるかはわからないが、たぶん救助が来るよりも見つかる方が早い。
あと、直接対決も避けるべきだろう。体感だがエインズ4は、以前戦ったタトゥーワーウルフよりも強い。そして、タトゥーワーウルフはCランクダンジョンのボスだ。
そうなると、このダンジョンのボスと同格。まだエインズ4と直接やりあうより勝率は高い。
やっぱり、ボスを倒してワープホールで脱出する方が安全だ。
目を閉じて通路側に意識を集中しながら、状況を整理していく。
ここのボスはレッサーデーモンサモナー。取り巻きはレッサーデーモン。それと多量のアンデッド。
サモナーは単体戦闘力は通常のレッサーデーモンよりも弱いが、頭が回り、指揮官として優秀なうえ、支配下のユーンを適宜召喚して物量で攻めてくる。
とにかく、ワーウルフと比べると絡め手を扱う面倒なタイプだ。
だから、しっかり作戦を練って挑んだ方がいい。本当ならもうちょっと習熟訓練や連携訓練をしたいが、贅沢は言っていられないのが現状だ。
……さすがに内臓が痛くなってきた。
いや、うん。二人の手前、口には出さないからいろいろ言わせてほしい。
ッザケンナ!!
誰だ、こんな最悪手打ってきたの。いや、十中八九スペースプラントの愛原代表だろうけれど。
追い詰められているのはわかるけど、それで関係者まとめて消してなかったことにするとか、どんな思考回路してるんだ。
しかも、私たちを手筈通りに消せたとして、動画に残っているんだから真っ先に疑われるのはそっちだろうに。
せめて、エインズ4たちのファーストアタックがドローン破壊なら殺された現場が未確定にできるのに、よりによってこっちに攻撃してきたし。
しかも、富田のやつ、明らかに外の理で強化されていたし。
いや、なんだカースサインって。呪の刻印、いや契約の署名か?どちらにしろ、ろくでもないことをされているのは間違いないだろう。
あんなのを送り込んでくるとか。どんな組織と取引をしているにせよ、信用なんて消し飛んでいるに違いない。
少なくとも私ならそんな企業とは一切の取引を打ち切る。なんとなくクランマスターも同じ判断をする気がする。
現代のダンジョン関係の市場で、シーリー・コートとの取引全面停止は致命傷どころではない。耳の速い組織からスペースプラントとの取引を切っていくに違いない。
……ザマー!!
スペースプラントへの罵倒を心の中で一通り叫び終え、大きく息を吐いて頭を冷やす。
どれだけ罵倒したところで活路が見出せるわけではない。
それに、エインズ4よりは可能性があるというだけで、正直Cランクボスもかなり厳しいと言わざるを得ない。
私は、目を閉じたまま胸の当たりに右手を置く。
この心臓に無理をさせれば倒せなくはないだろう。なにせ、ワーウルフを討伐した時もフル稼働させれば、当時の強さでも闘えたのだから。
ただ、今でもあの時についた心臓の罅は折っていない。違和感はかなり消えていて、感覚的には無茶さえしなければ安全だと感じているが、それが正しい保証はない。
心臓に意識を向ければ、今も魔力を生成し続け、その魔力が私の体を大きく循環している。今は抑えているが、出そうと思えばもっと出せるし、なぜかこの魔力はリジェネの性質まで示している。負傷を負うと、その部分に結晶が貼り付き、体を修正してくれる。
というわけで、どこまで信じられるかは不安だが、それなりの生存力は確保されている。
……となると、やはりネックなのは火力不足か。
恒一は一撃の攻撃力、澪は範囲攻撃に強みがあるが、私の場合、とびぬけた一撃を持っていない。属性的な相性もあるとはいえ、私の攻撃はどちらかというと火力に乏しい。
一応改善の当てはある。今回試しに持ち込んでいたものは、それを解消するための実験的な武装だ。
マジックバッグに突っ込んでいた手でそれのグリップを握りこむ。引っ張り出して一通り機構が確実に動くかを確かめ、肩にストックを当てて構えを取る。
一通りの確認を終えて、再びマジックバッグに戻すと、落ち着いてきたらしい恒一が興味深そうに近づいてきた。
「晶、今のって…本物?」
「いや、本物と言えば本物だけど、弾丸は持ってない。」
「へ?じゃあ、どうやって使うんだよ。」
「それは……ゴミョゴミョ。」
「フムフム。え?そんなのできるの?」
「理論上は。まだ試し打ちもできてないんですけど、消費魔力量が多すぎて試し打ちも怖いんですよね。」
恒一は先ほどまでの陰鬱とした空気が嘘のように興味津々という顔で私の手にあるそれを見つめる。
私は呆れた表情でさっさとマジックバッグにしまう。どこか残念そうな恒一のことを無視し、腰に下げた通信機を手に取った。
ディスプレイに表示されている時刻を見れば、休憩開始から10分経っていた。二人もまだぐったりとしているが、心の整理をつけられはしたらしい。どことなく覚悟を決めたような顔をしていた。
私は、最後に昔翼先輩から勧められてから愛飲し、今日も持ち込んでいた缶のエナドリを飲んでから立ち上がった。
そして、パーティメンバーの二人を見ながら告げる。
「さて、行きましょうか。久しぶりのダンジョン攻略に。」




