第27話:拒絶の祈り(モリオン)
「『クリア・プロテクション』」
そう唱えた瞬間、通路から伸びてきた焔が晶を覆った。
少なくとも、この焔『カースフレイムインパクト』を放った者はそう思った。
「フフフフハハハハハハはッ!死ね!死んじゃえ!」
そう哄笑を上げるのは愛原ルルだ。そして、その腕には富田と同じようなタトゥーが刻まれていた。
しかし、その文様は富田(エインズ4)と比べると単純で、そこまで強い効果ではないのが分かる。
ただ、それでも数人が並んでも余裕のあるカタコンベの通路を埋め尽くすほどの力が出せるのだから、この『カースサイン』の効力のすさまじさがうかがえた。
ルルがこれを貰ったのはついさっきのことだ。桐谷という胡散臭い男が渡してきた黒く濁った結晶を握り込んだ瞬間、全身への激痛とともにこの文様が浮かび上がってきたのである。
そして、それまでとは比にならないほどの力を得たのだ。ルルは万能感に酔いしれ、今ならどんなことでもできそうな気がしていた。
そう、それこそ火野恒一を力ずくで手に入れることだって。
ただ、彼女はうぬぼれていた。いくら強化したとはいえ、Dランク冒険者を軽々と超えてくる存在など、いくらでもいるということを。
そう、今目の前にいるように。
「アンカー解除」
「……?」
焔の奥から何かが聞こえてきて、ルルは目をしばたたかせる。そして、焔が消えてその奥に見えたのは。
「『ブラストアクセル』!」
自分たちの濁った黒とは違う。澄んだ黒い水晶の壁がせまってくる様子だった。
ーーーーーーーーー
私は焔と二人の間に入り、クリアプロテクションを発動した。
これは、盾を基準点に、支配した空間に水晶を生成し盾とする、空間魔法と属性纏いの応用技だ。
なぜかいつもの透明な水晶ではなく、モリオンと呼ばれる黒水晶のようなもので形成されてしまうが。
それはともかく。これには大きく二つの利点がある。
一つ目が自由に形状を設定できること。そして、もう一つが自由に空間に固定できることである。
「恒一、まだ動ける!?」
「ちょ、晶、何言ってるの!?こんなに重症なのに。」
「いや…行ける。」
「ちょっと恒一!?」
敵の焔を防いでいる中、私が背後の恒一に動けるか聞けば、恒一は苦しそうながら立ち上がって見せた。澪が心配の声を上げているが、今はそれどころではない。
私の視界の片隅では、富田……いや、今はエインズ4だったか。エインズ4が今にも立ち上がろうとしているのが映っている。
「私が合図したら、これ持って通路に突っ込んで!」
「分かった。」
右肩をかばうようにこちらまで来た恒一は、私からポリカーボネートシールドの持ち手を渡されると、力強く握り込む。
そして、黒い焔の勢いが収まった瞬間、私はトリガーワードを唱えた。
「アンカー解除。行って。」
「……っ!『ブラストアクセル』!」
私が手に持っていたシールドから手を離した瞬間、恒一は足裏から焔を噴出して通路へと突入していく。
「キャーーー!?」
「うおおおおおおおお!!」
通路の奥から何かが勢いよく衝突したような、鈍い衝撃音が響く。どうやら、向こうの敵をうまく引けたらしい。
私は一瞬手に伝わってきた感触を確かめるように握って開く。
あの『クリア・プロテクション』はかなり強力な技だが万能ではない。耐久力を超えるような攻撃を食らえばもちろん壊れてしまう。訓練で使った時はサブマスターに5秒もかからずに壊されていた。
しかし、それを踏まえてもあの黒い焔には一段と強い拒絶を示していた気がする。カースサイン…カース…呪…そういうことだろうか。
しかし、思索は一瞬。私は手早く右手に水晶の塊を複数生成して投げつけながら澪へと叫ぶ。
「来て!逃げます!」
「わ、分かった。」
そう言って二人でこの部屋唯一の通路へと駆け出す。
しかし、それを許してくれるほど敵は甘くない。
「させねえよ!」
ようやく立ち上がったエインズ4が突っ込んでくる。目は血走り、その表情は飢えた獣その者だった。やせこけたミイラのような姿も合わさって、その姿は圧迫感を伴ってこちらへと飛びかかってくる。
ただ、そこまで心配はしていない。なぜなら。
「『クリアグレネード』、起爆。」
先ほど投げていた水晶が、ちょうど駆け出していたエインズ4の頭に降ってきているから。そして起爆。
ガラスを砕くような音とともに鋭利な水晶の破片と衝撃波がエインズ4を襲う。
「ぐあぁ!?」
「急いで!」
「分かってる!!」
私たちは通路へと飛び込むと、そのまま奥へと走っていく。
そこには十字路の所で肩で息をしている恒一と、壁にたたきつけられた少女の姿があった。
「恒一、右行きます!」
「分かってる!」
「それより、これ飲んで。」
私はマジックバッグから取り出したダンジョン産回復ポーションをすれ違いざまに手渡すと、右の通路のクリアリングに入る。
恒一も一気に苦みの強い液体を顔をしかめながら飲み込むと、それを放り捨てて澪と並列に並んで走り始めた。




