第26話:悍ましく、忌まわしき
入口で待っているはずの人員と連絡が取れないということが発覚してから、私たちは最低限のものだけ準備して手早く入り口に戻ることにした。
連絡がつかない理由が何であれ、緊急事態と判断したためである。
残念だが、ドロップアイテムの結構な数を残していくことになった。入れようと思えば拡張したマジックバッグに入れられなくはないが、その時間を惜しんだためである。
本当にもったいないが。
「もし、これで単純な機材トラブルだったらスペースプラントに請求してやる。」
私が未練がましくそういえば、澪がうなずいて答えた。
「そうね、さすがに損失が大きすぎる物。取れるものは取っておきましょう。」
二人で悪い笑みを交換していると、恒一が「お前ら……」と呆れていた。
ただ、否定するつもりはないらしい。まぁ、この中でもっとも切羽詰まってお金を欲しているのは彼だ。わざわざ否定して、報酬なしは嫌だったのだろう。
そんなこんなしているうち、というかそこまで荷物があるわけもなく。
準備を終えて、行動の開始を告げようと思い、出口から顔を反らした瞬間。
「晶っ!!」
恒一が血相を変えて、私を突き飛ばした。
「な、…!?」
私が驚くまもなく、
ものすごい勢いで入り口から突撃してきた影と、とっさに防御行動を取った恒一が激突した。
「恒一ーー!?」
澪の悲鳴が響く。
影が持っていた大剣が恒一を吹き飛ばしていた。そうして、壁にたたきつけられた恒一はぐったりしていて、動く気配がない。
私は手に握っていた水晶拳銃を構えながら大きく飛びのく。そして、連続して引き金を引いた。
無詠唱の分威力の落ちた光弾が襲撃者を襲う。しかし、
「しゃらくせぇー!!」
そいつが持っていた大剣を振り上げる。そしてその斬撃上に何か黒い者が走り、光弾を全て撃ち落とした。
ここで、ようやく私は相手の姿をじっくり見ることができた。
体格からして、たぶん男。身長は高いがあまりがっしりした印象はないから、病気、或いは過剰なトレーニングによる身体異常が予想される。
ボロボロになった黒いフード付きマントを着込み、右手には禍々しい赤黒い大剣を握りこんでいる。
フードの袖から見える手首は皮だけのミイラのように見え、青みがかった欠陥が浮いている。しかし、それに不釣り合いなほどの大きさをした大剣を握っている所を見ると、見た目よりもずっと筋力があるようだ。
妙にスローになった思考でそこまで考える傍ら、脳裏では整理しきれない感情が渦巻いていた。
失敗した。油断した。想定が甘かった。
ーーーだから仲間が傷ついた。
頭蓋の裏がビリビリとしびれるような感覚とともに、段々と心臓の脈動がどんどんと高まっていく。
何かを思い出しそうになって、それでも体は反射的に動いてくれた。
「シイイアアアア!」
振り上げた勢いのまま、こちらへと大きく踏み込み、奇声とともに打ち下ろしてくる。その一連の動きはよどみなく、人を傷付けることへの忌避感などはうかがえなかった。
私は意識せずに腰から警棒を引き抜くと、その打ち込まれる大剣を反らすように、居合斬りの要領で打ち込む。その刀身には己の属性を示す水晶がまとわりついていた。
「ちっ。」
「っ…!」
警棒が大剣に当たった瞬間、すさまじい衝撃が右手に伝わり、取り落としそうになってしまう。しかし、どうにか押し込む。
表面に纏った水晶の全体に罅が入り、それでも体をひねって一撃目を躱すことに成功する。
耳元で空気が破裂するような音がして、その一撃が異常なほどの威力であると予想できた。
ただ、これで終わるわけもなく。
「ウラァー!!」
「このっ…!」
大きく左にひねったせいで体が泳いでいる所に、無理やりながら振り上げられた大剣が迫る。こいつ、本当に外見離れした筋力があるらしい。
大剣の腹で横薙ぎに振るわれているのを見て、とっさに右足を体側に引き上げ、そのまま前蹴りを叩き込む。
そして、その反動を使って壁のあたりまで飛び上がると、左手に持ち替えていた水晶拳銃を片手でかまえて引き金を引いた。
「『クリアフラッシュ』」
今度こそしっかり詠唱を加えて、強化された光弾が黒マントの男を打ち付け、吹き飛ばす。
私が壁を蹴って地面に降り立つのと、そいつが立ち上がるのは同時だった。
そして、そいつのフードがあたまから外れていた。
「…?」
やせこけた、男の顔だ。ただ、思っていたよりかは若く見える。いや、皺だらけで年齢が分かりにくいのだが。
ただ、どこかで見覚えが。
「よお、久しぶりだなぁ。清水よぉ。」
しゃがれた声も、聞き覚えがあるのに特定個人と一致しない。
私が小さく首をかしげると、そいつはいらだったように自分を指さした。
「俺だよ。俺。てめぇにスタンピードの栄光を横取りされた富田だよ。」
「……あぁ。」
私も思い出した。というか、ようやく顔と個人が一致した。
「あの、違法魔道具でスタンピードを誘発して、指名手配されている犯罪者の富田ですか。」
記憶から引っ張り出したままのことを告げれば、富田は額に青筋をうかべてこちらをにらむ。
「あぁ?ざけんな。俺は犯罪者じゃねえ!お前が余計な事さえしなけりゃ、スタンピードを収めた英雄になってたんだぞ。」
「……。」
うん。相変わらず意味不明だ。前はもうちょっと会話になっていたと思うのだが、かなり逃亡生活で頭をやられてしまったらしい。
私が憐憫の瞳で見ると、富田は頭を掻きむしりながら目を血走らせた。
「てめぇ、そんな目で俺を見るんじゃねえ!俺はな。あの時の俺と違う!強くなったんだよ。名前もエインズ4って変えて!今じゃ大きな組織の戦闘員だ!それに、」
そう言って、富田がマントの袖をめくると、そこには黒い入れ墨のようなものが書かれていた。そして、空間魔法を得た今ならわかる。あそこからかなり強い魔力が放たれている。
「アビリティまで貰ったんだぜ!?形の現れってやつだよなぁ!?」
「へー、アビリティって渡せるものだったんですね。」
「おう、『カースサイン』っていう、俺の全てをパワーアップさせてくれるありがてえものだ。これがあれば、お前なんかに。」
そう言って、ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべ、大剣を振りかぶる富田。そして、その大剣には腕の文様と同じ、黒い色をした雷がまとわりついていた。
私も右手に警棒、左手に水晶拳銃を構えながらちらりと部屋の入口の方を見る。
そこには意識を取り戻したらしい恒一を引っ張りながら通路へと抜けようとする澪の姿があった。
それでいい。
少なくとも出入口までたどり着いてくれれば、助けを呼べるし、そうでなくとも二人は助かる。
そう思って、理解に苦しむ富田との会話も続けているのだ。
現在の位置関係的に、富田の視界に二人は入っていない。だから。
「そういえばさぁ、うちの組織ってとんでもない技術を持っててよ。」
気持ち悪い笑みを浮かべたまま、富田が続ける。
「ここのダンジョンの入り口は封鎖させてもらったぜ。ついでに、ここから逃げられると思うなよ。……やれ。」
「はーい♡」
その瞬間、いくつかのことが同時多発的に発生した。
まず、遠くで何かが爆発する音と、崩落するような音が同時に聞こえてきた。
次に、部屋の奥から急に人の声がして、同時に禍々しい魔力が一気に膨れ上がった。
前半部分も聞き捨てならないが、それよりもやばい。
入り口奥から膨れ上がる魔力反応。私はとっさに二人の元へ駈け寄ろうとして、
「行かせねえよ!」
「邪魔だ!」
「ぐおっ!?」
富田が割り込んできて、大剣を今度は横薙ぎで攻撃してくる。どうやら横をすり抜けると判断したらしい。
ただ、割り込む所までは予想がついていたので、タイミングを合わせて飛び上がり、剣の腹を再度蹴って、ついでに富田の顔面にもかかと落としを決めてからその奥へと着地する。
そして、肩にかけていたマジックバッグに右手を突っ込み、中に警棒を放り込んでから、とあるものを呼び寄せ握る。
その間も、通路奥の魔力は高まり続けていて。
「『カースフレイムインパクト』!!」
通路を埋め尽くすように黒い炎が解き放たれた。とっさにだろう。恒一が澪を抱きしめてかばうのが見えた。
ただ、今なら間に合う!
私は二人と焔の間に滑り込むと、マジックバッグから取り出したもの……体を覆うほど大きな自衛隊から下されたポリカーボネートシールドを両腕で掲げた。
そして、大声で、準備していた技を詠唱する。
「基準点設定、相対位置固定、計上設定、ディメンションアンカーアクティブ。セッティング、フルコンプリート。」
シールドを規準として、私の魔力が巨大な盾、或いは壁のように空間を支配する。
そして、私は訓練の中で身に着けた、新しい技を発動した。
「それは全てを拒絶する祈りの結晶。形成せよ『クリア・プロテクション』」




