第4話:ガラスの心(物理)
それから保健室の先生が来たので、すりむいた膝を見せたところ、騒動に発展した。
まあ、仕方がないと思う。人の皮膚に、透明な膜のような物が張り付いていたら、騒ぎにもなる。
私自身は、なんというか……現実感がなさ過ぎて、感情がマヒしてしまっていた。
だって、考えてみてほしい。自分の体から、透明で固そうなのに柔軟に動く物が生えてきたら、どう思う?
私は理解を放棄した。
そこからは、割と記憶があいまいだ。
気が付いたら救急車に乗せられ、病院にたどり着いたところで、全身をくまなく検査させられた。
医者たちは最初こそ険しい表情を浮かべていたが、途中からは「理解できない」といった様子に変わっていった。
そして、MRIで何か異常なものが映ったらしく、その後も複数の検査が行われた。
そこで何か致命的な異常を見つけたのか、私は全身麻酔をかけるためのマスクを、言われるがままに着けて意識を失った。
目が覚めたのは、それから一日後だった。
見覚えのない白い天上に最初は戸惑ったが、そういえば何か検査のために全身麻酔をしたのだったと思い出した。
隣には、泣きながらこちらを見ている母親がいて、とても驚いてしまった。
そして、目を覚ます私を見た瞬間、なぜか縋りつくように抱きついてきた。
おかしい。
確か検査のためだと言われて、全身麻酔をかけられたはずなのに、これではまるで大けがの手術後のようではないか。
どうにか母親を泣き止ませて話を聞こうとしていると、扉が勢いよく開いた。
何事かと思って見ると、そこには息を切らした父親がいて、私の顔を見るなり泣き出してしまった。
私は何も言うことができず、ただ「よかった」と繰り返す両親の姿を見ていることしかできなかった。
「お子さんの体は、他に事例のない状態にあります」
深刻な顔をした医者が、両親に向かってそう話し始めた。
「具体的にはどうなんですか? なにか命に関わるんですか!?」
母親が、ヒステリック気味に叫ぶ。
ここまで取り乱している母親を見るのは、初めてだった。
父親は逆に、何も言わなかった。
いつもは多弁な人なのに、今は腕を組んで黙り込んでいる。
私は、今さらになってようやく、軽い恐怖と疑問が心中を占めていた。
なぜ、いきなり全身麻酔をかけられたのだろうか。
さらに、確かあの時――「手術を行うんですか?」と聞いた私に、外科医の人はこう答えていた。
「何か臓器を摘出したりはしませんので、安心してください。ただ、これは直接私たちが確認しないといけないと判断しました。ですが、確証も前例もなさ過ぎて、精神的に大きな負担がかかる恐れがあると考え、あなたには手術後にお伝えすることにしました」
つまり、確証はないが、私の体を切り開いて何かを確認する必要があった、ということだ。
しかし、現代医療で“見ずに直接見る必要がある”とは、どういうことなのだろう。
答えの出ない考えが、頭の中をぐるぐると回る。
そして、医者が決心したように口を開いた。
「お子さんの……清水晶さんの心臓が……透明になっていました」
部屋に、重苦しい沈黙が落ちた。
誰も、何も発することができない。
母親は目を見開いたまま硬直し、父親は理解できないといった表情で頭を抱えている。
私も驚いた。
驚いたのだが……。
なぜだろうか。
とても落ち着いているというか、腑に落ちたというか。
そんな名状しがたい感情が湧き上がってきて、表情を動かすことができなかった。
「正確に言うと、心臓のみがガラスのように透明なまま動いています。周辺の血管や組織には一切異常は見られませんし、それ以外の臓器や体調にも、異常な数値は確認されていません。健康そのものです」
そう言って一息つくと、医者は私をまっすぐに見つめた。
「晶さん」
「……は、はい」
その真剣な眼差しに、自然と背筋が伸びる。
今から重要な話をされるのだと、否応なしに理解させられる威圧感があった。
「これは三年前……神話回帰以降の話になるのですが、
一部のアビリティ保持者の身体に、特異な変化が現れる症例があります」
そう言って、医者は机の上の書類に視線を落としながら続ける。
「アメリカのある探索者は、アビリティ『エクステンデッド・アーム』を得た結果、背中から第三の腕が生えてきました。
また日本でも、『獣化:狸』というアビリティを持つ人物の協力のもと、変化後の身体を調べたところ、内部構造が全体的に変異し、狸に似た臓器が形成されていたケースがあります」
再び顔を上げた医者の表情は、相変わらず深刻なままだった。
冗談などではないことが、はっきりと伝わってくる。
「おそらくですが、晶さんも何らかのアビリティに目覚めている可能性が高いでしょう」
両親は混乱しきっていて、二人そろって口をぽかんと開けたまま、呆然と医者を見つめている。
私も、おそらく同じ表情をしていたと思う。
「そこで、晶さん」
「へ? あ、はい」
「頭の中で『自分の力』というイメージを強く思い浮かべてください。もしくは、特殊能力について強く念じてみてください」
「え?」
「知らないんですか? アビリティを持っている人は、基本的に強く意識すると、その概要が分かるようになると言われています。
初めての場合は集中力をかなり使いますが、一度感覚をつかめば、次からは分かりやすくなるそうです。
ほら、目を閉じて、集中してください」
そう言われて、言われるがまま目を閉じ、強く意識を内側へ向ける。
自分の力。
体の内側を探るような感覚で、意識を沈めていくと――心臓のあたりに、何か“ある”のが分かった。
そして、その輪郭を強く捉えた瞬間、名称が脳裏に浮かび上がった。
「――『水晶製魔機構の心臓』」
それが、私のアビリティの名前らしかった。
「心臓が変化する例は少なくともデータベース上には一切見つかりませんでした。
命に関わるかは分かりませんが、科学的にはいつ止まってもおかしくないと言わざるをえません。
そうでなくても、どんな影響が体や精神に出るかは未知数です。」
最後にそう言われて、私たちは病院を後にした。




