第3話:積み重なる違和感
そんな身体の違和感を無視して、私は日常生活を送っていた。今は5月の上旬。つい昨日ゴールデンウィークが終わった次の日の学校。
教室に入ると、生徒たちが休みの日に何をしていたかという内容でざわざわと騒がしい。特に富田とその取り巻き立ちはこのゴールデンウィークを理容して大きなダンジョンに行っていたそうだ。50層あるダンジョンの3層まで行けて50万稼げたと自慢している。
それを聞いてギャルっぽい女子たちがキャーキャーと騒いでいる。しかし、彼らはそれ以外の生徒たちからは遠巻きに見られていた。
私は特に誰とも話すことなく机に座ると、読書を始めた。内容としては、ハリー・○ッターの英語版にチャレンジしている。これを読めればまあ英語力で困ることはないだろうという考えもあり、2年生になってから読み進めている。
無言で読み進めていると、私の前に誰かが立った。顔を上げると鼻の孔を広げた富田がニヤニヤとした様子でこっちを見ていた。
私が無言で見上げていれば、自慢げな顔はだんだん苛立たしげな表情へ変わっていく。
「おい。」
「どうしたんですか?」
私がそう声をかけると、彼はふてぶてしく言ってきた。
「俺の噂は聞いたな?」
「はい?ゴールデンウィークにダンジョンに行ったとかそんな奴ですか?」
「そんなとは何だそんなとは!!」
そう叫んで富田はどや顔をうかべた。
「これでお前も俺を見直しただろう?なら俺の所に来いよ。お前の美しさなら俺の取り巻きとして十分だからな。」
「いえ、お断りします。」
私はそう言って、本に目を戻した。富田が何かを叫んでいたが一切合切を無視して文字を追っていく。分からない単語はわきに置いておいたノートにメモして、後で調べることにする。
富田はいつの間にかいなくなっていて、他の生徒はこっちに意識を向けている気がした。
しかし、それもホームルームのチャイムがなるとわらわらと席に座っていく。そして先生が入ってきてホームルームが始まった。
そして時間は進み5時間目。
この時間の授業は体育で今日はバレーボールを行うことになっていた。そして、前半でボールトスとレシーブの練習を行い、後半で対戦を行っていた。
しかし、何やら私にボールが集中している気がする。どうにかこうにかレシーブを続けるが、明らかに私を狙ってスパイクが集中していた。そして私がミスをしてボールを落とすと、相手の女子が甲高い声であざ笑ってくる。
私が首をかしげていると、同じチームの女子が気の毒そうな表情でこっそり教えてくれた。
「あの子たち、富田君の取り巻きよ。で、朝あなた彼のことを袖にしたじゃない。」
「え?あ、ありましたねそんなこと。」
「そんなことって……。まあいいわ。で、それが彼女たちには気に食わないみたい。」
「あぁ、なるほど。ありがとうございます。こっちは気にしなくて大丈夫ですよ。それよりそっちは大丈夫ですか?」
「別に。むしろボールがどこに来るか分かりやすくて助かるわ。」
「それはよかった。」
私はそう言うと、休憩時間が終わり試合が再開される。しかし…。やはり違和感があった。別に富田の取り巻き立ちの行動のことではない。いや理解に苦しむという点では違和感だが、そういうものという認識をすればよくある情景の一つでしかない。
違和感があるのはこの体の方だ。1年前ならここまで運動すれば息も絶え絶えになって疲れ果てているはずだ。
それに妙に良くボールが見える。だから富田の取り巻きの女子たちの想定より多くレシーブができていて、彼女たちの表情には隠しきれないいらだちが募っていた。
それでも限界はある物で…。最後の5分。さすがに息が切れて、ボールがギリギリ届かないスパイクを徒労として転んでしまった。そして右ひじと膝を大きくすりむいてしまう。
見ると血がにじんでいて、それが体育館の床に若干尾を引いていた。周囲がどよめいている。対戦相手を見れば先生にばれないように笑っている。
「大丈夫?清水さん。」
チームメイトの一人が心配そうに話し掛けてきたので「大丈夫です」とだけ言って、私は痛む手足を無視してすっくと立ち上がると、先生に声をかける。
「すみません。転んで血が出てきたので保健室に行ってきます。」
体育教師からは了承の声が聞こえ、一部からは嘲笑が聞こえたが、私はすぐにハンカチで怪我をした場所を抑えると手早く保健室へ向かった。
そして、保健室に着くと、保健室の先生は所用でいなかった。扉に書いてあったとおり、先生が来るまで椅子に座って待つことにする。
そして、一応怪我の様子を聞かれたら答えられるように膝に当てていたハンカチを外すと、そこには異様な光景があった。
「何これ……。」
怪我をした場所に、薄い透明な膜のような物が張り付いていた。
どういえばいいか。怪我をした場所にかさぶたのように、ガラス化、水晶か、透明な鉱物としか言いようのない物が張り付いていたのである。
そして、そこから透けて見える皮膚にはもう怪我の跡も残っていなかった。
……治っている。
それだけじゃない。
貼り付いた透明な膜に指先を触れた、その瞬間。
つるりとした鉱物を触れたような感覚とともに、ドクン、と。
それは心臓の鼓動とは、明らかに違う感覚だった。
内側から、何かが軋むような、鈍い脈動。
「……え?」
胸に手を当てる。
心臓の辺りに、強い違和感があった。
息はできる。
痛みもない。
けれど――確実に、いつもと違う。
嫌な予感が、背中をぞっと撫でた。
もし、これが。
もし、この現象が――
心臓に起きていたら?
そう考えた瞬間、思考が凍り付いた。
お読みいただきありがとうございます。
もし少しでも楽しんでいただけたら、次話もお付き合いいただけると嬉しいです。




