第19話:虚飾は描いて悦に入る
愛原瑠々(ルル)は苛立たしさに頭をかきむしった。
「あぁ、もう、なんなのよ!?寄ってたかって私をいじめて。」
「まぁまぁ。落ち着いてください。ルルさん。」
「そうですよ。あっちの男が見る目がないだけです。」
取り巻きの男たちが慰めてくれるが、どうにもむしゃくしゃが収まらない。
ルルは周囲から愛された人間だった。
両親は自分にやさしく、ねだればなんでも買ってくれた。人気のおもちゃ、かわいいぬいぐるみ、甘いお菓子。手に入らないものなんてないと感じていた。
幼稚園でも小学校でも、自分から何もせずとも人が集まったし、みんな自分のことをかわいいと言ってくれた。なんか自分が気に入らないとか言っていじわるしてくる子もいたけど、みんなに泣いて相談すればいつの間にか消えていた。ただ、どうして消えたのか分からず、周囲に聞いても「気にしなくていい」と言われるだけだった。
だから、ルルはみんなはかわいいからなんでも言うことを聞いてくれるんだと学んだ。
努力した。自分のかわいらしさを維持するためには湯水のようにお金と時間をかけたし、自分よりも目立っている子がいたから、手伝ってとちょっとお願いしただけなのに、あの子は勝手に泣いてしまった。
どうしてそんなことで泣けるのか分からなかった。
でもそんなの気にならなくなって、どんどん努力して両親に頼んでいいお化粧も買ったし、エクササイズにも通った。
そんな時、神話回帰という現象で、世界がファンタジー漫画のようになった。
そうして、父親が冒険者に早々に投資し、大成功した。今までとは比にならないお金が手元に入ってきたし、冒険者の人たちは自分にとてもやさしかった。
今や父親はそこそこ大きなクランの実質的支配者であり、ルルはその娘として周りからちやほやされていた。
もともとやっていたSNSに攻略動画のムーブが来たから、そんな人たちの中から比較的見栄のよい男性を選んで、攻略動画を取った。
そうしたら、一気に人気が出て、自分でも積極的にダンジョン攻略を行うようになって、それがさらに人気に火を付けた。
ルルはとても満たされていた。
しかし、ここ最近うまくいかない。電車で偶然見つけたこの身の美男子がいて、ダンジョンに誘ったのに断られた。
今までの男たちなら腕に抱き着いて上目遣いで頼めばなんでも聞いてくれたのに、その男……火野恒一は迷惑そうな顔をするだけで一向に言うことを聞いてくれない。
彼は身長が高く筋肉質で、ちょっといかついが顔も整っていて、なにより私の理想とする「王子様」まんまの姿だった。偶然ダンジョン入口で見かけたときは剣を持っていて、それがよりその印象を強めて、その彼が私に微笑み、名前を呼んでくれたらどれだけ気持ちいいだろうか。
しかし、彼はどんな条件を出してもうなずいてくれない。今まで手に入らない者なんてほとんどなかったのだから、あきらめられるわけがない。だから、家の場所も父親に調べてもらって行ったのに誰も出てくれなかった。家族に会えたら挨拶しようと思ってたのに。どんどんといらだちが募っていく。
それに加えて、その周りにいる女たちは気に食わなかった。
あの白雪とかいう女はまぁいい。別に大した問題ではないと思っていた。まさかあいつが彼の地雷だとは思わなかったが、どうせ脅しているか、色仕掛けでもして脅しているんだろう。
ただ、清水アキラ……あいつだけはだめだ。電車の中で私を見る瞳。あれを見て心の底から怖かった。冷たくて無機質で、黒水晶みたいに澄んだ瞳。
わけがわからなくて、ただただ怖かった。
だから、そんな怪物がいる場所から私の王子様を引きはがさなきゃ行けないのに。彼は私を拒絶して、あんな女たちの所に残るらしい。
しかも、よりによってあの弱い女が好きだとのたまった。理解できない。
しかも、父親に頼んでいうことを効かせようとしたらなんか怖い大人の女の人まで出てきた。私のクランへの宣戦布告?知らないわよ、そんなの。私の父親のクランに勝てるわけないのに。
そう、思っていたのに。
「うーむ、それは難しい。」
難しい顔をした父親はそんな風に答えた。
「どうしてよパパ!ここは大きなクランなんでしょ!?あんな奴を雇ってる場所が何で潰せないの?今までみたいに吸収合併しちゃえばいいでしょ!?」
「しかしだな、シーリー・コート(夜の妖精)は大きすぎる。現時点では向こうの方がクランとしては大きいと言わざるをえん。」
「そ、そんな……。」
目の前が真っ暗になる。父親でダメなら私はどうすればいいのだろうか。
ただ、父親は難しい顔から何かを考え込むような顔に変わった。
「しかし、あそこが目障りなのも事実。正直、これ以上企業拡大をするにはあそこは邪魔だ。それに、もしあそこを潰す……とまでは行けなくても、いくつかの分野で後釜に吸われればすぐに利益も出せる。」
そうぶつぶつつぶやく父親に、私は何もいうことができない。
言っている意味はよく分からなかった。
でも、やってくれるならそれでよかった。
私がうなだれ、父親がどうすべきか悩んでいるとき、社長室の扉がノックされた。
「申し訳ありません、会長。お客様が来ております。」
そう言って入ってきた部下が上げた名前に父親の顔が一気に明るくなる。
「おぉ、あのお方が来ているのか。すぐに向かうので、くれぐれも丁重に扱うように。」
そういって、父親は着ていたスーツを整え、いくつかの小物を追加で着用していく。
「ルル、お前も一緒に来なさい。」
「はーい。」
言われてしまったものは仕方がない。外向き用の簡単な清掃に着替えて父親について行く。
そうして、結構ランクの高い談話室に入ると、そこには二人の男がいた。
片方はスーツに身を包んだ中肉中背の男。パッとしない感じで、あまりこの身ではない。ただ、どことなく胡散臭い感じがぬぐえなかった。
もう一人は不気味な男だった。黒いフード付きマントで体を隠している。ただ、袖口から見える手首や首元はやせこけていて、しかし妙な力強さも感じる。
なんというか、ミイラのような印象だった。
「お久しぶりです。桐谷さん。本日はどのようなご用件でしょうか?」
ニコニコとした表情で父親が尋ねる。ここまで機嫌のいい父親は初めて見たかもしれない。
「いえいえ、大したことではないんですよ。ただ、ちょっとした顔見世と、そちらが困っているようなのでそのお手伝いを、と。」
「顔見世というと、その……その後ろの男でしょうか?」
「はい、おい、挨拶をしろ。」
男がそう言えば後ろの男はフードをかぶったまま、しゃがれた声で答えた。
「あぁ?あ、わかった。俺はとみ……あぁいや、エインズ4だ。よろしく、ひひひひっ。」
しゃがれた声で年齢は分からないが、兎に角不快感をあおる声だった。私は気味が悪くて目をそらしたし、父親も眉をしかめていた。
「なんですか、そのふざけた挨拶は。」
「いえいえ、すみません。これは私の組織の決まりというか、そのようなもので、護衛はコードネームを使うように言っているんですよ。」
「あぁ、そうでしたか。それは申し訳ない。」
「こちらも説明不足でした。」
そう言って桐谷と父親は、笑いあう。しかし、私は笑うことができなかった。兎に角その男が不気味で、それを従えているこいつも気持ち悪かった。
私は話し合う気になれず、目をそらしながら適当に紅茶を飲み続けていた。
「で、こちらが困っているとは?」
「あ、はい。そちらにとってそろそろシーリー・コートが目障りだと思い始めるころかなと思い、一つ提案をしにまいったしだいです。」
「ほう、提案ですかな。」
父親の目が鋭く細められる。一見すれば警戒しているように見えるが、その瞳は欲望でぎらついていた。
「はい、提案です。実はですね、私の情報網によると、あそこのクランに新人が入った用なんですよ。ただ、そのメンバーがDランクでして。そして、あそこの管理するダンジョンの下限はCランクだったはずでして」
そこまで言って、父親は興奮したように立ち上がった。
「そうか、そうすればいいのか。おい、誰かいるか!」
そういって、慌てたように部屋を出ていく父親。私はあっけにとられたままその場を動けなかった。
「おやおや、さすがにここまで大げさにされると呆れてしまいますね。」
どこかうんざりとした表情で桐谷と名乗った男は言う。そして、私に目を向け、もともと細かった目をさらに細めた。
私はなんとなく居心地が悪くなって目をそらす。
「ふむ、確かここのお嬢さんでしたね」
「それがどうしたのよ。」
キレ気味に答える。正直こんな奴と関わりたくない。しかし、そんなの関係ないとばかりに桐谷は話を続けた。
「あなた、力は欲しいですかね?」
「え?」
「何かイライラしている様子。でしたら、我々が力になれると思いまして。」
そういって、名刺を渡してくる。そこには「超越者の集い取締役 桐谷 和夫」と書かれている。
「さて、今日はここでお暇させていただきましょう。あぁ、そうだ。」
出口に向かう途中で桐谷は不気味な笑みを浮かべながら振り返る。
「もし、あなたが欲しいもの、手に入れたいと思うなら、1週間以内にご連絡した方がいいとだけ言わせていただきますね。それでは。父上にはよろしくお伝えください。」
そう言って、今度こそ桐谷は部屋を出ていった。後ろのエインズ4と名乗った男も不気味な含み笑いをしながら出ていく。
私は受け取った名刺から目が離せなかった。頭の中では「欲しいもの」という言葉が何度も反響していた。
それが手に入るなら、きっと今まで通り、全部うまくいく。




