第16話:疲労困憊の二人
昨日は投稿できずすみません。その代わりに本日投降です。
訓練開始から三日目の水曜日。
「ーーー遅い!」
「ぐっ……」
強い光が爆ぜて、私は訓練場の床を転がった。
「掌握速度が遅い。座標指定も甘い。もっと自分を基準点として客観的に見なさい。ゲームのFPSみたいに自分の頭上から自分を見下ろすイメージを保持し続けるの。」
私はどうにか仰向けに体を転がしてからそれに応じた。
「分かりましたけど……。」
「けど?」
「……何でもないです。」
クラン シーリー・コート(夜の妖精)のサブマスターからの直接訓練は過酷を極めていた。
初日は良かった。互いに理論を話し合い、私も私の得意とする属性のことを理解を深めることができた。サブマスターはサブマスターで、やはり検証しながら理論が話し合える人が居なかったため、今まで検証できなかった部分ができるようになって結構発見があったらしい。
ただ、翌日からの実践訓練は、ひたすら魔法の基礎を体に覚え込まされ、大して動いてもいないのに、その日は夕食も食べずに気絶するように眠ってしまった。
心の底から近くのビジネスホテルを取っておいてよかったと思った。なにせ、あそこから電車に乗って家に帰るなんて考えたくもない。
そして、今日は互いに空間魔法で自分の空間干渉領域を奪い合い、互いの攻撃を裁くという訓練で18度目の敗北を喫したところだった。
「今日はここまでにしておきましょうか。」
「ありがとう……ございました……。」
「大丈夫?ほら、スポーツドリンク。」
差し出されたペットボトルを何も言わずに受け取り、勢いよく飲んでいく。
そんな失礼な態度にも、彼女は何も言わず、ただニコニコとうれしそうに笑っていた。
「それにしても、本当にすごいわね。」
私の心臓由来の魔力の回復量のことかなと思う。確かにこの心臓が生み出し続ける魔力量は膨大だ。
それこそ、成長した今なら無理なくCランクと同等以上の身体強化を行っても大きな負担を感じないほどである。
「まぁ、それもあるけれど、あなたの精神力のことよ。普通は5回ぐらいで泣き言が入るんだけど。ついつい調子に乗っちゃって。ごめんなさいね。」
「……。」
何も言う気になれず、私は飲み終えたスポーツドリンクを握りつぶした。
そうして、シャワーを浴びて、着替え終えると、私はとある人と合流して連れ立って歩き始めた。
そうして、近所のお店に入ると、向かい合って座る。
「……」
「……」
私と火野はハンバーガーチェーン店でそろって机に突っ伏していた。
互いに疲労困憊で、言葉少なにここまで来たが、さすがに目的を果たすべきだろう。
しかし、どうにも頭が重い。中学時代に感じていた過度の脳疲労の時特有の圧迫感があって、気力が上ってこない。
火野さんも同じ状態らしく、結局私たちが顔を上げたのは、店員が注文したセットを持ってきて、机の上から体を上げざるを得なくなってからであった。
「お疲れ……。」
「そちらこそ、お疲れ様です……。」
互いに疲労の色濃い表情を浮かべながらねぎらいあう。そして、私はダブチ片手に今回の情報交換を始めるために口を開いた。
「ーーーというのが白雪さんの現状らしいですね。」
私は火野さんに包み隠さず、澪の現状を伝えた。
もともと話すつもりではあったのだ。ただ、運が悪いことに、いろいろな事情とか、学校の試験期間とかが重なって時間が取れなかっただけで。
もちろん、このことは澪には話していない。今、彼女は火野さんのことに過剰反応を示す状態になってしまっている。こんな状況で彼に自分の状態なんて聞かれたと知った日には羞恥で倒れかねない。
「……。」
火野さんは深刻な表情で黙り込んでいた。
「まぁ、今プロの人がカウンセリングしているんで、その内落ち着くとは思います。ただ、あの、ルルさんでしたっけ。彼女との付き合いを今後どうするか一応聞いておこうかなっと。」
私がそこまで言うと、火野さんは大きくため息をついた。
「……先に行っておくんだが、別に俺はこのパーティーを離れるつもりはないぞ。」
「おや、あっさり言うんですね。」
そういえば、火野はとても嫌そうな表情を浮かべた。
「なんで俺があんな奴の所に行くって思ってるんだよ。」
「いやだって、あっちの方がたぶん安定して稼げますよ?」
「いや、まぁ、俺がお金欲しいって言ったのが悪いんだけどさ……。」
「冗談ですって。私は火野さんがあっち行くなんて思ってないですよ。だって、あなた、ああいう女の子嫌いでしょ?」
「あぁ、うん。正直無理。なんか話してると鳥肌立つんだよなぁ。」
そう言って、げんなりした表情でポテトをモサモサと食べ始める火野さん。
たぶん直感的に、話がかみ合っていないことを察しているんだろう。
ただ、あくまでそう思っているのは私だけで。
「で、澪のやつが俺が居なくならないかって心配して、あぁなったと。」
「まぁ、端的に言っちゃえばそういうことですね。」
そう言ってやれば、火野さんが頭を抱えた。さすがに机に突っ伏すことはしなかったが、今にも自己嫌悪から壁に頭を打ち付けてしまいそうな雰囲気だ。
「あぁ、もう。なんだってこんなややこしいことに。」
「あなたがさっさと告白しないからですよ。今どき両片思いって……。」
「うるせぇ。」
そう言ってから、黙り込んでしまった。図星だったらしい。
いや、うん。なんとなく察していたけれど、火野さんも澪のことが好きらしい。
やはり男女の友情は成立しないのだろうか……。それとも、恋は盲目を地で行くタイプだろうか。
コーラをストローですすりながらそんなたわいもないことを考えていると、頭を抱えてのたうち回っていた火野さんが急に頭を上げた。
「あぁ、くそ。どうしたらいいかわかんねぇ。ちょっと清水、聞きたいんだが。」
「なんですか?」
「権力者の娘と縁を切るにはどうすりゃいいと思う?」
「はい?なんです、急に。白雪さんのことあきらめるんですか?」
「違うわ!!」
急に叫んだため、周囲から好機の視線が集まってくる。
顔を赤くして叫んだ火野さんは、周囲の視線に気が付いて、ぺこぺこと頭を下げてから、座りなおした。心なし小声で話を戻す。
「いやさ、あの後何度か接触されてさ。さすがに迷惑だからって断ったんだよ。ただ、あの女、「スペースプラント」って名前のクランのマスターの娘だったんだよ。探偵でも雇ったのか、家とか特定されちゃってさ。」
「あぁ、厄介なのに目付けられましたね。」
「やっぱり、そうかぁ……。で、断っても断っても付きまとってきてさ。この前なんて、俺のアパートの部屋の前まで来てたんだよ。弟たちが不審者だと思って居留守してくれたから難を逃れたけどさ。正直ぞっとした。」
「あぁ、はい、やばいやつ確定です。しかも匿名掲示板ならともかく現実でやっちゃうタイプですかぁ。家まで特定されてるとなると、結構やばいですね。」
「そうなんだよ。だから、こっち来たのは避難の意味合いもあったんだよ。」
「その、あまり言いたくはありませんが、ご家族の方は大丈夫ですか?あの人、結構見境なさそうでしたけど。」
「一応、ネットで調べてさ。この一週間は俺の金で買った旅行券をクジが当たったって嘘ついて家族には旅行に行ってもらってる。おふくろ、ここ数年働きづめだったし。」
「なら、まぁ、大丈夫ですかね。ただ、正直言うと、こういう時ってあまり大胆なことできないんですよね。逆恨みされかねないんで。しかも財力持ちか。厄介だなぁ。」
「なんか効果的な方法とかないのかよ。」
「あるにはありますけど、ちょっと当分は無理ですね。」
「ちなみに方法は?」
火野さんが身を乗り出して聞いてくる。よほど会いたくないらしい。
「クランの正式所属……あぁ、この場合は専属契約も含みますよ。で、私たちがシーリー・コートに入れば、ルルさんの行動は同業他社から強引に社員を引き抜く行為になるんで、そこを攻めれば何とか……。」
「あぁ、うん。当分は無理だ。」
よほど期待していたらしい。がっくりと椅子に座り込んでうなだれてしまった。
「まぁ、私たちの試験に必要な素材ももうちょっとでそろいますから。それが解決してからにしましょう。」
「だなぁ。」
私たちは社会のままならなさにため息をつきつつ、その後も互いを慰めあいながら話を続けるのだった。
そして、ビジネスホテルに向かいながら私はふと思った。
今回の問題、ただの個人間トラブルで収まらなくなってきてるな、大きな騒動にならなければいいが。




