第15話:過剰敵性
入ってきたサブマスターは机をはさんで私の正面に座った。
「改めまして。綾小路彩芽よ。今日から1週間、あなたの訓練するから、よろしくね。」
「は、はい。よろしくお願いします。」
予想もつかない現状に、私は口をうまく動かすことができなかった。
何とか挨拶はできた物の、それ以上言葉が続かない。
数秒沈黙が流れた後、サブマスターが肩にかけていた鞄から書類を取り出して、渡してきた。
「さて、普通ならすぐに訓練所に行って実戦形式で体に叩き込むのだけれど、今回ばかりはそうはいかないの。だから、最初にこれを読み込んでちょうだい。」
「……分かりました。」
そう言って、渡された紙の書類を読み込んでいく。
そうしながらも、頭の中ではサブマスターが空間魔法の使い手であることを必死に解釈していく。
ただ、納得する部分もあった。今目の前にある書類を見れば、なぜこの人が「Aランカー」なのかがよくわかる。
それは、空間魔法の基礎理論の簡素版であり、そこから実戦で用いている技術をリスト形式でまとめられたものだった。
そして、それは要するに、このクランの単体最強戦力である「夜の妖精」の強さの源泉そのものと言えた。
私は読み進めていくうち、とあることに気が付いて、正面に座る美しい女性に声をかけた。
「……あのー、」
「あら、どうしたのかしら。」
サブマスターも何かしらの書類を読み込みながら答えてくる。
「これ、見せていいんですか?」
「まぁ、法律的には問題ないって感じね。」
「……そうですか。」
これを読んでいるだけで、私の中でどんどん魔法の可能性が広がっていく。これまでどうやって使えばいいかわからなかった闇魔法の使い道も、今の課題の解決のめども、それどころか『私の心臓の問題にすら』、扱うことができてしまう。
もちろん、それ相応のリスクもある。物理的な危険性から、社会的に抹殺されかねないものまで、それどころか知識を知っているだけで身の危険を感じかねないものまであった。
基本、この手の情報には極力関わりたくないと考えている私ですら、知ってしまったこの情報は活用せざるを得ないほどに、魅力的で実用的だった。
「さて、読んでもらったところで、簡単にすり合わせをしましょう。」
そう言って、立ち上がったサブマスターは、ホワイトボードに何かを書き込んでいく。
「説明していくから、どんどん質問して頂戴。」
「まず、既存の魔法はものすごく感覚的なものよ。体内にある魔力を感じ、それを操作して体外に出し、感覚で物理現象に変換する。空間魔法もこの原則にはしたがっているわ。」
そこで私は私の意見を言うことにした。さっき、言いたいことは言っていいと言われていたから。
「ただ、基本の火や水と違って、空間というあいまいなイメージは現象として想像できないと思うんですが。」
「その通り。空間なんて、現象として観測できることなんてない者。しいて言えば空間転移ならイメージできるかもしれないけれど。」
「アニメみたいに岩の中にいるとか、バラバラ死体になりそうですね。」
「そうね、星崎さんも同じことを言っていたし、空間魔法を使う私からしても、テレポートを入念な準備なしで行ったら、そうなると思うわ。」
そう言って、ホワイトボードに棒人間と矢印をつなげる。そして、転移と書いてその隣にバラバラになった棒人間を書く。
「じゃあ、これをどう解消していくか。そこで考えたのは空間を魔法的に知覚するという方法。まぁ、どっちかと言えば、自分を中心にその空間を魔力で支配するという感じだけれど。」
そう言うと、棒人間の周囲を囲み、そこに「空間支配」と書く。
「そういうのは簡単ですけど……。あの不安定な魔法というか魔力を空間に広げるのって、相当厳しいんじゃないですか?少なくとも私はできそうにないです。」
「そう、そこがボトルネックなのよ。私はもう生きるか死ぬかの環境で死に物狂いで覚えたから短期間に使えるようになったけれど、普通はそうはいかないでしょう?」
「あぁ、北海道のスタンピードで。」
「……あの人から聞いたのね。そう、あの時にこの空間魔法を覚えた。そして、その力で私はAランクになった。」
そう言って、ちょっと寂しそうに笑う。しかし、すぐにその厭世的な表情は消え、自信に満ちた、強者の笑みが浮かぶ。
「でも、あなたには私と違って『その心臓』があるでしょう?」
「!?」
私は座っていた椅子を蹴飛ばして立ち上がると、心臓のあたりの服を握りながら、彼女をにらみつける。
正直、考えないようにしていた所だった。常に心臓に爆弾を抱えているのは、ものすごいストレスだった。そして、冒険者になって分かった。Bランクに至るまでがとても遠い。
そして、私はそれを抱え続けられるほど強くない。
だから、極力考えないようにして、できるだけ無茶をしないようにして、もし運よくBランクになれたらそれから動こう。貯金だけは意識しよう。そんな気持ちでいたのに。
そんな状況で、最近ようやく頭から抜けてきたというのに。
私が息を荒らげて、黙っていると、驚いた表情をしていたサブマスターは申し訳なさそうな表情になって頭を下げた。
「ごめんなさい。デリカシーに欠けた言葉だったわ。」
「はぁ、はぁ……。今後は気を付けてください。で、この忌々しい心臓がどうかしましたか?」
「言わなきゃダメかしら……。」
「口にしたんですから、最後まで言ってくださいよ。というか、どうやって気が付いたんですか。あれから病院に行って外に漏らさないように頼んだんですが。」
話しているうちに頭が冷えてくる。そうすると、根本的な疑問が頭をもたげた。
クランに関わるという時点で、私は病院に言って、個人情報の取り扱いについて念を押していたのだ。なのに、彼女は私の心臓が結晶化していることがバレている。
どこで情報が漏れたのだろうかと想像していると、サブマスターは苦笑のような表情を浮かべた。
「何でって……。あぁ、そういえばまだあなたたちは覚えてないのね。魔力感知っていう技術があってね、対象の魔力量とか位置とかをなんとなくで把握できるようになるの。で、これは空間魔法を併用することでとても鋭敏になる。それで検知したら、あなたの心臓から莫大な魔力が生まれてるのよ。だから、そういうアビリティを持っているんじゃないかなって。」
「あぁ、はい。まぁ、アビリティなんですけど、ちょっと問題のある物でして……。」
「わかったわ。で、そんなに魔力が多いんだから、魔力量のごり押しで感覚を掴めばいいんじゃないかなって。」
そうして、実践のために部屋から出る時、足早に部屋を出る私は、部屋の中に残ったサブマスターの言葉を聞くことはなかった。
「あの子……だいぶ『あやうい』わね、周りが。」




