第12話:綻びと誘い
翌日の朝、私がリビングで朝食を並べていると、扉を開けて澪が入ってきた。
「おはようございます。澪さん。」
「あ、うん。おはよう。晶。」
ちょっとぎこちない表情のまま答えた澪は、テーブルに並んだ朝食を見て驚いた表情を浮かべた。
「え?朝ご飯、作ってくれたの?」
「はい、昨日はちょっと……驚かせてしまいましたし、結局夕食も食べていませんでしたし。」
私が目をそらしてそう言えば、澪は数瞬ポカンとした表情を浮かべて、その後プッと笑い出した。
「なんですか。」
「いや、ごめんなさい……。なんでも……フフッ。」
私が仏頂面で聞けば、澪は腹を抱えて笑い出した。
なぜ、ご飯を作っているだけで驚かれて笑われなければいけないのか。調理もできないと思われていたのだろうか。……さすがに心外である。
先ほどよりも顔をさらにしかめていると、澪の笑いが収まってきた。
「ご、ごめんなさい。昨日あんなこと言われて、どんな顔していいかわからなかったのに、なんか普通に朝食作ってるのがおかしくて。」
「……。」
私が黙り込んでいると、澪は微妙にきまり悪そうに頭をかいた。
「昨日はごめんなさい。なんか、電車の中の会話聞いてたら頭ぐちゃぐちゃになって、わけわからなくなって、全部嫌になって……。やつあたりしちゃった。」
「それはいいですよ。あれはだいぶ優しいほうですし。」
気を使ったつもりなのだが、澪は奥歯に何かが挟まったような表情を浮かべた。
「なんか……晶ってこういうことなれてない?」
「あぁ、はい。中学の時、学校が荒れていまして。そんな年代の時に生徒会に入れられてしまって……。」
具体をぼかしてそう言えば、澪は納得と哀れみのまざった表情でこっちを見てきた。
「そういえば、私たちの年代であそこの学校、トラブル続きって噂になってたような……。」
「……。」
目をそらすと、澪はどこか悲壮感すらただよう表情でこっちのことを見てきた。
「苦労したのね……。」
そこからは多少ぎこちないながら、会話をしながら朝食を食べて、私は家に帰ることにした。
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翌週の日曜日。私はシーリー・コート(夜の妖精)クラン本部に来ていた。
理由はあの社会的な特急呪物(USBメモリ)を返すためである。理論はおおよそ把握して、最低限「できる」ようにはなったが、まだまだ「使える」というには程遠い状態だ。
そんな状態でもこんなものは持っていたくないので、事前に連絡を取って返しに来たのである。
ただ、なぜかすぐに社長室にまで連れていかれたが。あぁ、職員さんの哀れみの視線が痛い。
「久しぶりだね、清水さん。」
クランマスターは相変わらず人を食ったような胡散臭い表情でデスクの前にたった私に話し掛けてきた。
「はい、1週間ぶりです、クランマスター。今日は例の物を返しに来ました。」
そして、さっそく私は肩掛けカバンに厳重に入れていた例の物(USBメモリ)を取り出した。
「もういいのかい?結構難解な理論だった気がするんだけど。」
「正直全然理解しきれていないんですが……持ってても精神衛生的に、その、あの。」
「あぁ、うん。分かったから落ち着いて。」
そう言って、苦笑しながらクランマスターはUSBメモリを受け取る。
私はほっとした気持ちで肩をなでおろした。
「それにしても、聞いたよ。昨日は大変だったそうじゃないか。」
二人きりの社長室で社長は雑談のようにそう聞いてきた。
「え、あ、はい……。知っていたんですね。」
「いやー、君たちは今、うちではちょっとした有名人だからね。すぐに情報が入ってきたよ。」
「は、はぁ……。」
ちょっとした有名人という所はよくわからないが、まぁそういうことらしい。
何があったかと言えば。
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昨日、私たちは松トレントの森にサイド素材採取のために向かっていた。
ただ、翌日に復調したと思われた澪のメンタルはまだ全然回復途中だったようで……。
「きゃっ!?このっ!!」
「ちょ、ちょっとまて澪。ハイペースすぎるって!」
「あぁ、うるさい、うるさい『アイシクル・バースト』『アイシクル・バースト』『アイシクル・バースト』!」
火野の言葉に強く反発するようになってしまった。なんか嫌な予感はしていたのだ。
ダンジョンに向かうために集まった時、澪はものすごく不機嫌そうにそっぽを向いていたし、火野は困り果てた表情でこっちにすがるような視線を向けて来ていたし。
私は必死に二人に追いつこうと進んでいくが、ヘンプグラスの処理が追いつかずに段々と負傷の数が増えていく。
そして、とうとう致命的な事件が起こってしまった。
澪が魔力の使いすぎでふらついた一瞬、その頭上に大きな影が迫ってきた。
「澪っ!!」
「へ?きゃーーー!?」
火野さんが澪をかばうように前に出たかと思うと、振ってきた巨大な松ぼっくりが衝突してきた。
私も無理やり追いつこうとしたが、脇腹をヘンプグラスにバックラーごと切り裂かれて間に合わなかった。
そして、松ぼっくりは火野さんがかまえた大剣の腹にぶつかった瞬間、火花が散って、爆発した。
結果、火野さんは全身に火傷を負い、さらに飛散した松ぼっくりの種子によって全身に打撲を負った。
澪はかばわれて大きな怪我こそしなかったが、呆然として動くことができなくなってしまった。
私は私で全身切り傷まみれで、貧血を起こし始めていた。
私はある程度こういう『命の効き』の経験があったから、冷静に判断することができ、すぐに撤退の号令を出した。
私が後ろで時間を稼いでいる間にボロボロの火野さんが澪をかついで森の外へ向かって走り出していく。不幸中の幸いは澪が抵抗しなかったことと、移動してきた経路のヘンプグラスを倒していて、攻撃の密度がさほどではなかったことだろう。
そうして、私たちは命からがら撤退してきたのである。
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「ありゃりゃ。まぁよく聞く話ではあるかな。あそこのちょっと奥に踏み込んだ冒険者の半分ぐらいがそうなるんだよね。……うーん、あ、そうだ。」
クランマスターは苦笑しながらそう言って、思いついたようにパソコンを開いて何かを確認していく。
何を言われるのだろうか、と私が緊張して身を固くしていると、人の悪い笑みを浮かべたクランマスターはこう切り出した。
「ところでなんだけどさ、清水くん。強化訓練とか興味ない?」
……胡散臭い。そう思ってしまった私は悪くないはずだ。




