第11話:過去から伸びる罪悪
私は澪を抱きしめ、頭をなで続けていた。
そのうち、強張っていた澪の体が弛緩し、支えきれずにベッドに倒れ込む。
見れば澪は眠ってしまっていた。今日は戦闘も精神的にショックなこともあって疲れ切っていたのだろう。
私は彼女を起こさないようにベッドから降りようとしたが、服の裾をがっちり握りこまれていて、これが離れるまでは無理そうだなと感じた。別段困ることではないが、なんとなく居心地が悪い。
あきらめて力を抜いて天井を仰ぐ。
「あぁ、言っちゃった。」
一人になったせいかそんな言葉が無意識に口から漏れた。
さっきの澪への言葉。あれはまずかったな、と今さらになって罪悪感がこみあげてくる。
私を見上げる澪の表情。強張って、どこか愕然とした顔。
でも、私の中にはあれ以上、あの場で最適な言葉は思いつけなかった。
単純に慰める。「大丈夫です。あなたは思っているよりも大切にされていますよ。」と伝えることもできた。
しかし、それを言うのはためらわれた。火野さんが言うべきことだと感じたということもあるが、それ以上に下手な慰めはのちのち尾を引くことを知っていて、安易なことは言えないというのもあった。
あれはいつだったか。中学2年の5月の半ばのことだったはずだ。あの時もこんな感じの状況だったなと思いながら。
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当時の私は生徒会に一般役員として所属していた。私を含めて所属していたのは6人で、私は主には雑用担当という形で全体の補助業務を行う立場だった。
そんなある日、私が皇帝の先生に生徒会からの書類を渡すために校舎内を探し回っていると、1年生の教室から話し声がした。
「大丈夫だった?」
「……うん。ありがと。」
私はなんとなく扉の窓に映らないように教室側の壁に身を寄せて足を止めた。
普段なら気にもしないのだが、そのやり取りが切羽詰まっているように感じたのと、その教室を使っているクラスにちょっとした問題があることを知っていたから、つい身をひそめて聞き耳をたててしまった。
会長の悪癖が映っているなと感じながら、会話に集中する。
「井上くん。ありがとう。でもこれ以上私に関わらない方が……。」
「何でだよ。別に俺はあんな噂気にしないし。それより先生に相談しないと。」
「で、でも……。」
「いいから。こんなのひどいし。明美さんは悪くないんだし。」
そう言って、二人の足音が近づいてくる。私は教室を避けるように反対側の廊下を歩き出した。
ちらりと後ろを見れば、地味な女子生徒と利発そうな男子生徒が連れ立って職員室へ向かっていた。
「ーーーそんなことがありまして。」
書類を渡し終えた私は星崎翼生徒会長にさっき遭遇した話をしていた。
「それって、今先生たちの中で話題になっているいじめが横行してるクラスのことだったわよね?」
翼先輩は何かを考え込むようにそう聞いてくる。
なぜそんな質問をされるのか分からなかったが、その通りだったのでうなずく。
私が通りかかったクラスは現在、複数のいじめが発生していて、しかもそれが露骨に行われているせいで問題視されている。
先生たちが対応しようとしても、生徒側は開き直っているうえ、彼らの親がそろっていわゆるモンスターペアレント(モンペ)のせいで反省を促すこともできていない状態らしい。
そんなクラスの教室の中から誰かを慰めるような言葉が聞こえて、私はなんとなく状況を察して巻き込まれるのもややこしいので逃げることにしたのである。
そんな風に考えていると、何かを思いついたのか、翼先輩は頭を抑えながら天を仰いだ。
「あちゃー。それはまずい。」
「何がまずいんですか?」
とても面倒そうというか、おっくうそうに発言する翼先輩に私はつい尋ねてしまう。
普段ならこの人はこの手の人間関係トラブルは面白がって引っ掻き回そうと考えるのに、今回は面倒くさそうだったからだ。
「うーん、問題になるかどうかが半々ぐらいだからちょっと言いにくいわね。問題になりそうになったら言うから今は仕事しましょ仕事。」
そう言って書類整理に入っていく翼先輩。私もパンデミックの間に消滅した生徒会のマニュアルを再作成する作業に戻った。
そんなことがあった1か月後。
学校で大きな事件が起こった。
意外なことに、それは例の1年生のいじめグループとは関係のない所で発生した。
いや、無関係というわけではないが、直接彼らが何かをしたわけではなかった。
その事件とは、あの日いじめから助けられていた、明美という女子生徒が他の女子生徒と取っ組み合いの喧嘩になり、その子の腕の骨を折ってしまったというものだった。
学校はこの話題で持ちきりになり、一時期は休校にまで陥った。
噂だとその二人の間に直接の面識はなく、なぜこうなったのか生徒たちは噂しあっていた。
私は彼女の動機が分からず、再開した学校の生徒会の時に翼先輩に聞くことにした。
「理由?あぁ、そう言えば話していなかったっけ。」
翼先輩はうっかりといった様子で説明してくれる。
「先に言っておくけど、これはかなりややこしいというか、一概にこうなるってわけじゃないからそこは注意してね。」
そう言って翼先輩は白紙の紙に何かを書き込みながら続ける。
「分かりやすく言えば、これは恋愛問題よ。」
「恋愛問題……ですか。」
「そう。あなた、1か月ぐらい前に井上って男子生徒が今回の問題を起こした明美って女子生徒を助けたのを見たわよね。」
「そうですね。確かに見ました。」
「実はね、あれで明美さんが彼に惚れちゃったというか、いやあれは惚れたっていうより依存ね。依存。」
「え?惚れると依存って結構違うんじゃ。」
「これが面倒なことに境があいまいなうえ、見分けるのも面倒で……。あぁ、今はそれはいいわ。まぁ、そんな感じに彼と一緒に居たいって付きまとって、井上は井上でまんざらでもなかったらしいわ。」
「相変わらずですけど、なんでそんなに詳しいんですか。」
「これは警察の調査に協力したからで、大したことはないわよ。で、そんな井上だけど明美さんの本気度を読み間違えていたというか、察しなかったというか……。だから軽率に彼が所属している空手部のマネージャーの女子生徒と仲良くなっちゃって。彼としては友達感覚だったみたいね。」
「なんか、その先の話、ものすごい聞きたくないんですが。」
「これ聴いとくと今後に役立つから聞いておきなさいな。でも、彼ってもてるみたいで、マネージャーの子も気になっちゃってて。女の直感なのかなんなのか。明美さんが彼とマネージャーの子が仲良く会話している所を見ちゃってね。」
「うわー。」
私はもう耳をふさぎたかった。大体の事情を察してもう頭がいっぱいだ。
「で、そこで嫉妬から喧嘩に発展。激しいもみ合いの末、あの事件につながったってわけ。」
「……。」
私はもう何も言うことができなかった。ちょっと慰めているだけに見えたあれからこんなことになるなんて想像もできなかったのだ。
たっぷり数分黙り込んだ後、私はゆっくりと口を開いた。
「そ、そう言えばなんか半々で事件になるとか言っていませんでしたっけ。」
「あぁ、あれね。こういう恋愛問題って難しいのよねぇ。ピタゴラスイッチみたいにうまくいくこともあれば、今回みたいにジェンガのように壊れることもあるし。ちょっと自制心があればこんなにはならないし、もっとひどいとリスカ始めちゃうし。」
「へ、へぇー。」
「まぁ、ともかく。今回の事件の全容はこんな感じね。納得できた?」
「トラウマになりそうです。」
「でしょうね。でも今後こういうことに巻き込まれるかもしれないから、安易に人を慰めちゃだめよ。そういう時は現状維持が一般的には正しい対応ね。あとはカウンセラーに任せなさい。」
そう言って、この事件は幕を閉じた。
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今考えると、あそこまで理解している翼先輩が一番怖いな。
ついつい振り返ってしまった私はそんな感想を頭を振って振り払うと、澪の寝顔を改めてみた。
何か苦しんでいるのか眉をひそめて寝苦しそうにしている。私はやっちゃダメと分かっていつつも、ついつい頭をゆっくりとなでていた。
そうしていると、表情が和らいでいき、呼吸が穏やかなものに変わっていった。
袖を掴む手の力も緩んでいたから、私はそっとベッドから離れて部屋を出ていく。
いつ起きても食事を食べさせられるように、冷蔵庫の中身を確認しに私はダイニングへ向かっていったのだった。
ただ、階段を降りている時に思い出したのだが、一番怖かったのは、その後だった。
翼先輩に「会長だったらどう慰めるんですか?」と聞いてみたのだ。
ほんの興味本位の質問だった。その質問に翼先輩は嫣然と笑いながらこういった。
「そうねぇ。徹底的に依存させて、あなたみたいに価値観強制を行ってから自力で環境を直させるかしらね。」




