第9話:愛原ルル
「あ、火野くん。この前の話考えてくれたぁ?」
そう言ったのは、かわいらしいという形容詞がつくタイプの美少女だった。
きれいに染めたピンク色の髪、小柄な体躯、その割にメリハリのついた体つき、童顔だが整った容姿。
そんな少女が電車の中で火野さんを見つけた瞬間に走り寄ってきた。
私と澪は偶然席が空いていたから座っていたが、火野さんは遠慮してちょっと離れた場所に一人で立っている状況だった。
だから、その少女が話かけた時、私たちはすぐに火野さんの所に移動することができなかった。
私が横目で澪のことを見ると、目を見開き、火野さんと彼に話掛けた少女を凝視していた。
その表情からして、驚愕・動揺・不安。あと……嫉妬だろうか。
私はキリキリと痛んできた胃を意識しながら二人のことを観察する。
「えっと、愛原さんだったっけ。」
「もう、ルル(瑠々)でいいって言ったじゃん。」
「いや、俺たちこの前あったばかりだし……。」
「別にぃ。気にしなくていいのに♡」
火野さんがとても困ったような、ちょっと面倒そうな表情をしていて、愛原と呼ばれていた少女はとても嬉しそうにしている。
なんとなく、二人の関係が見えてきた気がする。
あの少女に火野さんが目をつけられた感じだろうか。しかも少女の方はずいぶんと遠慮がない。
あれは、たぶん人の話を聞かないタイプかもしれない。
その後も愛原が火野さんへどんどんと迫っていく。
「でさぁ。この前の話、いいよね。いいよね!」
「え?何のことだ?」
「何って、一緒にダンジョン配信しよって話してたじゃん。どう、どう!?君ならきっと人気出るよ!顔いいし。」
「いや、それは、確か断ったよな……。」
「この前は間が悪かっただけじゃん。いいじゃん。やろうよやろうよ!」
「いや、その、む、無理かなぁって……。」
「えぇ、どうしてよぉ。」
周囲の目も気にせずにキャンキャンと騒ぎ立てる愛原。周囲の視線が段々と迷惑そうなものになっている。
見ているだけで胃痛だけじゃなくて頭痛までしてきた。だめだ。あの子完全にサークラ(サークルクラッシャー)系だ。関わりたくない。
でも、完全に火野さんをロックオンしてますよね、そうですよね。
イヤダー。タスケテクレー。アンナノトカカワリタクナイー。
そんな現実逃避は隣りの体がブルブルと震え出したのをきっかけに現実に引き戻されることになった。
見れば、澪が般若の表情で立ち上がろうとしていた。
「ストップストップ。一旦落ち着いてください、白雪さん。」
「離して、あいつ殺せ……モゴモゴ!?」
「ちょっと、関わっちゃだめですって。目を付けられますよ?ああいうのは兎に角味がしなくなったガムぐらい粘着質何で、一旦火野さんを生贄にやり過ごしましょう。」
「ムー、ムー!!」
澪が今にも突撃しそうになっていたのを首に腕を回し、口をふさいで抑え込む。ほんとうにあの手の面倒なのは関わらないのに限る。クラスメイトの富田とか。
そういえばあいつ、あのスタンピードから学校に来ていないことを今思い出した。なんか捕まったとか噂流れてたし、さもありなんということで気にしていなかったが。
そんな感じに澪と押し合いへし合いしていると、ちょっとがちで看過できない発言が聞こえてきた。
「あ、何、なんか言ってたパーティメンバーに義理立てしてるの?別にいいじゃん。私と組んだ方が報酬いいよ?」
その瞬間、澪の動きが止まった。しかもさっきとは別の感じでガタガタと震え始める。そして、数秒後に電源でも落ちたみたいに体から力が抜けて倒れこみそうになってしまった。
私は彼女を支えて席に座らせつつ、感情の失せた瞳で愛原とやらを観察し始めた。
「だってさ、ルルのチャンネルって登録者10万人超えてるんだよ?しかも私含めてパーティメンバー3人、火野くん入れて4人。1か月の報酬広告収入だけでもそこそこいい額行くんだよ?」
「だから、俺は!」
「もう。何で分かってくれないの?私と一緒に居られるってだけでアドじゃん。もう。」
火野さんの言葉をさえぎってヒステリックに叫ぶ愛原。ほうを膨らませながら火野さんの腕にしがみつこうとする。しかし、そのタイミングで電車が減速し始め、バランスを崩して腕をつかめずにたたらを踏んでしまった。
それを好機とみた火野さんは素早く扉の前へ移動しながら言った。
「あ、俺ここで降りるから。それじゃぁ。」
「あ!せめて連絡先頂戴よぉ。」
私は澪の顔を伏せさせ、私もできる範囲で関わりたくないという表情を作って顔をそらしておく。
澪は無言で涙を流していたが、顔を伏せさせて隠しつつ、片手でグループチャットで火野さんへ連絡を入れる。
『大丈夫でしたか?念のために私たちは別ルートで帰りますね。そっちも気を付けて。全力で逃げてください。』
『りょ。』
それだけ返ってきて、火野さんは電車を降りた。それを追って愛原も車両から降りていった。
私は澪さんの背中をなでながら、本気でどうすべきか頭を悩ませた。
正直、この時こそ翼先輩がいてくれればなと思う。あの人はこういう時冷徹と言っていいほど合理的な解決手段を提示してくれるから。
どうにしろ、今日は澪を一人にしない方がいい。そう思って、親へ今日友人の家に泊まることを伝えるためにメッセージを打ち始めた。




