第3話:白雪澪の事情
クランの勧誘を受けてから数日。私は駅近くのおしゃれなカフェに来ていた。
正直なところ、こういう店には行く機会が最近はなかったので若干のジェネレーションギャップを感じてしまう。
それでも、今日ここに来たのは呼び出されたからである。
「あ、清水さん、こっちこっち。」
私が店舗に入ると、先に座っていた待ち合わせ相手が手を上げた。
それは黒髪を肩まで伸ばした小柄な少女。パーティの魔法使いである白雪澪である。
「こんにちは、白雪さん。」
私がそう言って机の反対に座ると、白雪さんがメニューを手渡してくれた。
適当にカフェラテとサンドウィッチを頼んで、私は一息ついた。
「えぇっと、今日はどうしたんですか?個別チャットで呼び出すなんて。」
一通り雑談を終え、商品も届いてから私は本題を切り出した。
白雪さんはストロベリースムージーを飲みながら答える。
「ちょっとね。この前のクランの話について話し合いたくて。」
その発言に私は首を傾げた。
「それは火野さんも含めて話し合った方がいいのでは?」
私がそう尋ねると、白雪さんは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。
「……だって絶対あいつと意見が噛み合わないんだもの。さきに個別で話をした方が早いと思ったのよ。」
「噛み合わない……ですか。」
「そうよ。」
そう言いながら白雪さんは疲れたようにため息をついた。
「正直、私はすぐにでもシーリー・コートに加入した方がいいと思ってるわ。」
「理由を聞いても?」
私がカフェラテ片手に尋ねれば、白雪さんはちょっと言いにくそうに答えた。
「火野……あいつが無理して体壊しそうで怖いのよ。」
「……まぁ、言いたいことも分かりますが。」
たしかに、最近火野さんが前のめり気味というか、ちょっと無理をしているのは感じていた。
そういう意味では、企業は社員に無理はさせない。使いつぶしても長期的なメリットが低いからだ。現在において、まだ強い冒険者は貴重な人材である。
だから所属さえしてしまえば、火野さんが無理をしようとしても止めることができる。
ただ、その前に、
「白雪さんが直接いうんじゃだめなんですか?そりゃ企業に所属してれば安定もしますし、企業側が無理は止めてくれますけど。」
「それがねぇ……。」
白雪さんはだんだんと深刻な表情になりながら答えた。
「実は彼の家、母子世帯でしかも兄弟が多いのよ。だからお金が必要なのもわかるし、ちょっと止めにくいというか……。言い出しにくくて。」
「あぁ……。」
私はその理由に納得した。ついでに火野さんが積極的に動く動機も理解した。
それは確かに止めにくいし、企業側に擦り付ける……いや間違えた。やってくれるならそっちに任せたいだろう。そのほうが角が立たない。
「それに……。」
さらに白雪さんが続ける。
「正直、私の意見なんて聞きやしないだろうし……。他の人がいうことは聞く癖に。」
どこかすねたような表情は、それがただの事実からくる言葉とはとても思えなかった。
……厄介な。と私は思った。
正直面倒くさい。こういう私情のもつれについては、とある事情でそれなりに経験があるが、白雪さんは典型的な空回り状態になっている。
しかもこれ、白雪さんは言った気になっているが、伝え方をミスっている可能性も高い。
私の妄想でしかないが、たぶん攻撃的に企業に所属するメリットを並べ立てたんじゃないだろうか。こう、「事情は分かるけど企業に所属した方が確実にいいから」的な感じで。
そりゃ、火野さんもうなずきにくいだろう。男のプライドとか目標金額と定期収入の差異とか、感情的反発とか。そういうのは絡み合っているさまが容易に想像できる。
目の前では白雪さんが丸テーブルに突っ伏してぶつぶつと愚痴を言っていた。
小さくて聞こえにくいが「どうして」とか「分かりなさいよ。」とか言っている。
これは……うん。
「とりあえず、様子を見るしかないと思います。まぁ、大丈夫ですよ。火野さんだって白雪さんの気持ちは分かっていると思いますし。」
秘儀、たらいまわし。
あとは頼みましたよ。火野さん。こんなかわいい子を不安にさせている時点であなたが半分ぐらい悪いです。
「そうね……。そうよね。もうちょっと時間をかけて説得してみるわ。」
「まぁ、そうですね。ただ、とりあえず今度クランの人と会うことになってますし、何回か仕事をしてからでもいいんじゃないですか?もしかしたら気が合わないかもしれませんし。それで焦って入ってもその辺ミスると悲惨って聞きますよ。」
「そう……ね。もうちょっと待ってみるわ。」
その後は二人で楽しくお茶会を楽しんだ。その途中で白雪さんの私への呼び方が晶に変わって、私も白雪さんの事を二人きりの時は澪と呼ぶことになった。
そんな楽しい時間を終え、駅近くで別れた後、偶然それは目に入った。
火野さんが駅の近くで誰かと話し込んでいる。
……というか一方的に迫られているのだろうか、あれは。
小柄でピンクに染めた髪のきれいな子が火野さんにだいぶ近づいていて、火野さんがかなり困った表情で対応している。
しかも、ピンク髪の少女の顔、紅潮しているように見えるのだが……。
さっきの澪への言葉、ミスったかもしれない。
私はいずれ来るかもしれない、想定以上の修羅場の気配に胃を抑え始めた。




