第2話:クランとは
「私、クラン: シーリー・コート(夜の妖精)にてスタッフをさせていただいております。広野葵と申します。」
冒険者ギルドのレンタル応接室にて、スーツ姿の女性はそう言って頭を下げた。
私たちも自己紹介しつつ頭を下げていく。そうして、一通りの儀礼的なやりとりが終わると、さっそくとばかりに広野さんは本題に入った。
「今回はあなた方3人のスカウトについてお話をさせていただきたく、お声がけさせていただきました。」
「スカウト……ですか。」
代表して私が答える。正直面倒なのだが、応接室に入る前に二人に全力で拝み倒されてしまったので仕方がない。
「はい。先日のスタンピードにて、私たちのクランメンバーがあなた方の活躍を見ておりまして。是非一緒に働きたいと。」
「……そうですか。それはありがとうございます。」
言われて思い出したが、タトゥーワーウルフ戦の途中で協力してくれた人たちの中にシーリー・コートと名乗っている人たちがいた気がする。あの時はあいつを倒すことで頭がいっぱいでそれ以外の記憶があいまいなのだが。
「こちらが我々が提案する雇用形態になります。いくつか種類がございますのでしっかりとご拝読の上、先ほど渡した名刺の連絡先までご返答いただけると助かります。あ、もちろん強制する意図はございません。断っていただいても我々からは一切嫌がらせなどいたしませんのでご安心ください。」
後半をちょっと早口で言い切り、広野さんは一息ついた。小声で「何この子、めっちゃ怖い……。」とつぶやいているのが聞こえた。
いや、たまに言われるがなぜ私と正面から向き合うと怖いと言われるのだろうか。中学時代の友達からは「表情が一切変わらなくて何かやらかしたような気分になる。」とか言われているが、ビジネスの場で表情を隠す、いわゆるアルカイックスマイルは必須事項である。
……無表情にしか見えないと言われてしまったが。
それはともかく、私は渡された書類に目を落とす。両隣に座る火野さんと白雪さんも書類を見ていた。
広野さん……その所属組織であるシーリー・コート(夜の妖精)からの提案は大きく二つに分けられた。
一つ目が所属。そのままクラン:シーリー・コートに所属するというものだ。
ここで、シーリー・コートを含むクランについて改めて思い出そう。
クランとは冒険者が所属する組織のことである。ギルドとどう違うかと言えば、ギルドが国営組織であり、それに対して、クランは民営組織である。
主な目的としては冒険者同士での連携強化、独自のドロップアイテムの独占的販売路の確保、その他、様々なメリットがあって造られるものだ。
しかし、当然ながら組織に所属するというのはメリットばかりではない。特に冒険者は分かりやすく言えば命を懸けた自営業だ。
その分実入りもいいし、私たちのようにごく少人数のパーティで固まっている分には人間関係をあまり気にしなくてもいい。
しかし、クランに所属すればそうもいかない。ダンジョン踏破の報酬の一部はクランに出さなければならないし、クランの意向によっては固定パーティを組むのが難しいこともある。
その代わりに武器防具を組織側で集めてくれたり、情報の収集を専門のスタッフが行ってくれたりと、バックアップ体制は比にならないほど充実している。
それとは別に、クランに所属するもっとも大きなメリットがある。それはクラン管理のダンジョンにいつでも入れるという事である。
もともと冒険者は、自衛隊や警察だけでは処理しきれなくなったダンジョンへの対策として、対応を民間に受諾するシステムである。
その対応すべきもののなかには、もちろん有用なダンジョンも含まれ、国としては資源の観点からそのダンジョンは残したいと考える。
しかし、自衛隊も警察も危険度の高すぎるダンジョンへの対応、国営施設に発生したダンジョンの処理、スタンピード発生時の対応で手いっぱいであり、そんな余裕はどこにもない。
そのため、一定以上の戦力を持ったクランに、一部ダンジョンの管理をさせるかわりにそのダンジョンからのドロップ品を独占する権利を与えたのである。
それはクランに所属する大きなメリットと言えるだろう。
契約の話に戻ろう。
所属とは、そのクランの全面的なバックアップを受ける代わりに、クラン側が指定したダンジョンの踏破や管理するダンジョンからノルマに合わせたドロップ品の回収を求められる状態のことである。
しかし、どうしても自由度が落ちてしまうし、一気に稼ぐなんて真似もしにくくなる。
そこで出てくるのが二つ目の提案だ。
それは独占契約というものだ。バックアップの質こそ少し下がるが、優先的にクランから仕事をあっせんしてもらうことができる。
もちろん正式な所属ではないので断ることもでき、比較的自由度は高い。それに依頼と関係のないダンジョンのドロップアイテムもそのクランに直接売却して比較的高い原価で売ることができる。
広野さんが去った応接室で私たちは顔を突き合わせていた。
「どうしますか?」
私が二人にそう尋ねると、日野さんが重々しい表情で答えた。
「俺としては専属契約がいいと思う。そっちの方が稼ぎもいいし、ダンジョンに行くペースを落とさずに済む。」
日野さんがそう言うと、白雪さんはちょっと怒ったような表情を浮かべた。
「何言ってるのよ。シーリー・コートよ?あのシーリー・コート!このあたりだと最大のクランで、アパレル業界にも強い影響のある企業も取り込んだ大企業よ?専属一択でしょうが!」
そうまくしたてる白雪さんに日野さんは圧倒されているようだった。
私も若干鬼気迫るものを感じたが、どうすればいいか分からずに白雪さんが落ち着くのを待った。
白雪さんが言いたいことを言い切って、肩を大きく揺らしている。しかし、マシンガントークは収まったようだ。
白雪さんの意見も分かる。正直安全性と収入の安定性を考えるなら、専属契約よりも所属してしまった方が圧倒的に有利である。
私は少し考えて、とりあえず折衷案を出すことにした。
「まぁ、専属契約っていってもバイトみたいなものらしいですし、私たちは学生ですからね。とりあえず専属契約で様子を見るというのはどうでしょうか。」
とりあえず断るという選択肢はない。正直千載一遇のチャンスなのだ。
今後、大規模なクランからスカウトが来る可能性なんて1%もないだろう。それは冒険者のボリュームゾーンであるCランクどころか、その上であるBランクからの話である。
なりたてDランクの私たちには夢もまた夢の話で、まだ現実感がない。
それでも私たちが取れるもっとも無難な案を出せば、二人ともしぶしぶという感じながらうなずいてくれた。
あとで、私がパソコンで回答を送るということで話をつけ、その日はもう暗かったので解散することにした。
帰り際、駅で分かれた時、白雪さんが日野さんの背中に強い視線を送っているのが印象に残った。




