第23話:エンカウンター
本日は2話投稿です。これは1話目です。
奥の方から悲鳴とともに獣のうなり声が響いてくる。
私は素早く周囲を見回しながら鞄からバックラーと警棒を取り出して手早く装着していく。そして、今回持ってきてしまった試作兵器が零れ落ちたので慌ててポケットに突っ込んだ。
確認から装備するまで約30秒。しかし、その間に被害が拡大していく。
周囲ではアラートが鳴り響き続け、それに重なるように悲鳴に怒号、とにかく逃げようとする群衆が動くせいで集団パニックに発展していた。
その中でも特に悲鳴の大きいほうへと人込みを避けて進んでいく。そして目に入ったのは、複数の人の死体と、それをむさぼる三体の獣の姿だった。
その獣……狼型のユーンは、手足の先と口周りが赤色の毛並みでおおわれていて、しかしそれが自毛なのか、返り血なのかすでに分からなくなっている。
ブラットウルフ。確かCランク下位のユーンだったはずである。
その習性はとにかく血の臭いに敏感なこと。もしこいつがいるダンジョンで出血などしてしまえば、常に負いまわされることになるとかなんとか。
私はその光景を見て、一瞬顔をゆがめた。
なぜ厳重に管理されているはずのCランクダンジョンでスタンピードなんて……。しかも市街戦ではとにかく面倒なブラットウルフか……。
そこまで考えて、私は死体にそこまで強い嫌悪感を感じていないことに気が付いて、愕然とした。
しかし、私の戦慄にも関わらず、状況は動いて行く。一通り死体をむさぼったブラットウルフが次のターゲットに目を付けた。
そして、その視線を追って、私はさっき、自分が人の死に何も感じていないこと以上の恐怖を覚えた。
「……お父さん。」
そこには腰を抜かした父の姿があった。そして、ブラットウルフは飛びかかる体制に入っていて、
「っ……やめろぉーー!」
私は常に意識的に付けていた心臓へのリミッターを外し、全力の身体強化をして、常の2倍以上の魔力を警棒に纏わせて、ブラットウルフに殴りかかった。
ひとっとびで10m近く突き進み、今にも飛びかかろうとしているブラットウルフの脳天に警棒を叩き込む。いつもよりも分厚く纏った水晶は重量のある鈍器としてそいつの頭蓋を陥没させた。
瞬時に警棒を振り上げ、もう一体のブラットウルフの顎を叩き砕くと、怯んだ隙に横顔に常よりだいぶ力強くなった前蹴りを加えて首を折る。
その蹴った勢いを使って最後の一体に飛びかかるとバックラーごと体当たりして抑え込み、警棒を棄てて腰のポーチから取り出したナイフで首を書き切った。
そうして、素早く離れると、そのブラットウルフ三体は光の粒子へと変わっていった。私は警戒しながらナイフをポーチに……いや、緊急事態だ。ここでベルトの鞘にしまっておこう。
そして、警棒を拾い、振り返るとそこには目を丸くしている父の姿があった。
「何してんの?」
私が冷たい声でそう言うと、父は表情のまま「へ?」と言う。
「早く逃げろってんの!!」
私がそう怒鳴ると、父だけでなく、周囲で逃げ遅れていた人たちも蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。ようやくここにきて危機感が働いたらしい。
周囲では、別種のパニックが起こっているが、誰も戦場には近づきたくないのかこちらへ来る者はいない。私まで化物扱いされているのはあれだが、逃げ出さないよりましなので見逃す。それよりも。
「……。あぁ、もう。次から次へと。」
また、ブラットウルフが2体、こちらへ迫ってきていた。私は、ポケットに入れたあれを抜くか迷う。しかし、あれはそこまでどの程度の力があるか分かった物ではない。だから今はなれている警棒とバックラーで……。
そこまで瞬時に思考を回し、心臓から聞こえる異音を無視して再びブラットウルフと闘おうとした瞬間、そいつは現れた。
空から巨大な影が降ってくる。それは右側のブラットウルフを踏みつぶすと、もう一体の首をわしづかみにして、その胴体を食いちぎって棄てた。
そいつは分かりやすく言えば人狼だった。2mある長身。がりがりにやせ細った体にどす黒い刻印が刻み込まれている。右手には刃渡り1mある鉈を持ち、左手はぶらりと垂れ下がっている。
しかし、やせ衰えたその体と裏腹に、感じるプレッシャーはすさまじく、その瞳はギラギラと飢えに輝いていた。
そいつの名前はワーウルフ。欧州地域に伝わる人に化けて人を食らう狼である。
「グオオオオオオオオオオン!!」
それは周囲で逃げ回る人々をぐるりと見渡すと、歓喜の雄たけびを上げた。奴には周囲の人間たちがビュッフェにでも見えているのだろう。
私は、これは死んだなと思った。ただでさえワーウルフはCランクのボス。場所によってはBランクダンジョンにいてもおかしくない存在なのに、奴の体には黒いタトゥーがある。そう、私たちが討伐したタトゥーゴブリンとよく似たタトゥーが。
それはつまり、奴がランク以上の能力を持っていることを示していて。
「!!」
私は全力で身体強化をすると、全体重をかけて警棒を振り下ろした。心臓がミシミシときしむがかまっていられない。爆発的に増えた魔力を一気に使って身体強化を行う。
きっと、周囲の人たちからすれば消えたように見えたんじゃないだろうか。たぶんCランク冒険者と同等以上の速度は出ていたはず。
しかし、タトゥーワーウルフには対応されてしまった。力強い踏み込みで鉈を横降りし、私が振り下ろした警棒に合わせてきた。
空中にいた私は踏ん張ることも出来ずにものすごい勢いで吹き飛ばされた。周囲の風景がすさまじい速度で切り替わり、大きな破砕音と悲鳴が鳴り響く。
一瞬遅れて背中に焼けるような痛みが襲ってきた。気が付くと私は近くのビルの壁にめり込んでいた。しかし、ここで気を失っている場合じゃない!
「っ!……うぅああああ!」
私は気合なのか悲鳴なのか分からない声をあげて埋め込まれた瓦礫を破壊して飛び出して、今にも近くの人に襲い掛かりそうなタトゥーワーウルフの肩に折れ掛けの警棒を叩き込んだ。
「グルッ……。」
奴はうっとうしそうにこっちを振り返る。私は、タトゥーワーウルフの顔面に折れて鋭利な断面を見せる警棒を投げつけて大きく飛び退った。
「ぐるう。」
タトゥーワーウルフは私を明確な邪魔者として認識してくれたらしい。ただ、ちらちらと周囲を見ていて、まだヘイトが足りていないらしい。
ここでこれ以上闘うのはまずい。周囲に人が多すぎる。さっき吹き飛ばされた時も気が付かなかっただけで何人か吹き飛ばしていたかもしれない。
しかも、下手に攻撃されてもだめだ。今私の背中から透明な結晶がパラパラと落ちている音がする。きっとさっきの傷を直すために私の心臓がその皮膚を再生した後遺症だ。一気に魔力も半分近く減っている。
さすがの心臓アビリティ。魔力が一気に回復していくが、精神的疲労が抜けるわけじゃない。長期戦はだめだが決定打がない。
私はとある決意を決めて、空いている右手をポケットに突っ込んだ。そして、偶然そこに入れていた物を取り出した。今はこれが有効かもしれないから。
分かっている。本当はすぐにでも全部見捨てて逃げた方がいいと。そしてギルドへ行って、高ランク冒険者を呼んだ方が最終的な被害者を減らせると。
それでも、今彼らを見捨てることはできない。もしかしたら父が混雑に巻き込まれてまだ逃げられていないかもしれない。避難所へ逃げた母の元にこいつが向かうかもしれない。そして、そういう時に、誰も助けられないかもしれない。
それで私は耐えられる?人間性を保てる?
昔、中学時代の先輩に言われたことを思い出す。人間不信になっていたあの時、私にあの先輩はこう言い放った。
「他者何て部品の一つよ。親でさえもそう。でも、それであなたという人間はできている。だからね、ちゃんと見極めなさいな。それが自分にとって必要かどうか。」
本当にひどくて……強い先輩だった。人でなしでもあったが。
だから、私は、
ーーーあの化物をひきつけることにした。




