第1話:水晶
本日2話目です。
五時間目の体育は、バレーボールだった。
神話回帰から三年。ダンジョンと冒険者の話題は、学校の中でも日常になっていた。この日も教室の話の半分は、富田がゴールデンウィークに大きなダンジョンで五十万円を稼いだという自慢話だった。
その富田が、朝、私の机の前に立ったのだ。
「俺の取り巻きになれ。お前の見た目なら十分だ」
「いえ、お断りします」
私はそう答えて、読みかけの英語の原書に目を戻した。それだけの話だ。
ただ、世の中には、それが「それだけ」で済まない人たちもいるらしい。
「あの子たち、富田君の取り巻きよ」
試合が始まってしばらくして、同じチームの女子が、ネット越しの相手をちらりと見ながら小声で教えてくれた。
「朝、あなたが彼を断ったのが気に入らないみたい。さっきから、あなたばっかり狙ってる」
「ああ……そういえば、ありましたね」
「そういえば、って……」
呆れ顔をされたが、気づいてはいた。飛んでくるスパイクは確かに私に集中している。私がミスをするたびに、相手側から甲高い笑い声が上がった。
ただ、問題はそこではなかった。
「……おかしいんですよね」
「何が?」
「ボールが、見えすぎるんです」
二年生に上がってから、体の調子がどこかおかしい。身体能力測定の数値は一年前より大きく伸び、荷物運びは楽になり、気づけば深夜まで集中が続いていることもある。悪い変化ではない。むしろ、体調は良すぎるくらいだ。心当たりが、全くないだけで。
一年前の私なら、これだけ走れば息も絶え絶えのはずだった。それが今は、相手の狙いが読めて、レシーブが間に合ってしまう。取り巻きたちの表情に、苛立ちが募っていくのが分かった。
とはいえ、限界はある。最後の五分、伸ばした腕がわずかに届かず、私は体育館の床に転んだ。右ひじと膝を、大きくすりむいた。
見ると、血がにじんで、床に細く尾を引いている。周囲がどよめき、相手側からは嘲笑が聞こえた。
「すみません。血が出たので、保健室に行ってきます」
体育教師の了承を得て、私は膝にハンカチを当てたまま体育館を出た。
保健室に、先生はいなかった。扉に「所用で不在・しばらくお待ちください」と書かれていたので、椅子に座って待つ。聞かれたら状態を答えられるよう、念のため、膝のハンカチを外した。
そこで、私は固まった。
「……何、これ」
傷口が、透明な膜のようなものに覆われていた。
かさぶた、というのとは違う。ガラスか、水晶か、それとも別の透明な鉱物か。そうとしか言いようのない薄い膜が、膝に張り付いている。そして、その下に透けて見える皮膚には、もう傷の跡さえ残っていなかった。
……治っている。
数分前に、あれだけ血が出ていたのに。
それだけじゃない。
張り付いた透明な膜に、指先でそっと触れた、その瞬間。
つるりとした鉱物の感触とともに、ドクン、と。
それは、心臓の鼓動とは明らかに違っていた。内側から、何かが軋むような、鈍い脈動。
「……え?」
胸に手を当てる。
息はできる。痛みもない。けれど、確実に、いつもと違う。
嫌な予感が、背中をぞっと撫でた。
もし、この現象が――
心臓に起きていたら?
そう考えた瞬間、思考が凍りついた。




