第11話:ごくありふれたEランクダンジョン攻略
今日も今日とて、ダンジョンに潜る。
今日の舞台は、家から電車とバスを乗り継いで一時間半ほどの場所に発生した、Eランクダンジョン。事前の推定攻略時間は五時間と言われていたので、しっかりと準備を整えて向かう。
「そういえばさ」
大きなリュックを背負った火野さんが、ふと言った。
「こういうダンジョンって、どうやって見つけてんだろうな? あと、ランクも」
「あんたねぇ……」
白雪さんが呆れた声を出す。私も、軽い頭痛を覚えてこめかみを押さえた。
「講習でも言われましたし、最近はニュースでもよくやってるじゃないですか」
「へ? まじ……? っいてぇ!?」
背後に迫っていた白雪さんが、火野さんの頭に拳を落とした。
「どうやったらこの頭は直るのかしら。叩けばいいのかしら」
「殴ってから言うんじゃねぇ!」
「あら、何か文句でも?」
「い、いえ、申し訳ないのであります!!」
拳をゴキゴキ鳴らす白雪さんに、火野さんが直立不動で謝る。小柄な白雪さんだが、このときだけは、体格のいい火野さんよりも大きく見えた。
「最近は魔力を感知するセンサーが、急ピッチで日本全土に配備されているの。それが反応したら、ダンジョン調査員の人たちが位置と構造を調べて、ランクを推定するのよ」
白雪さんがそう説明して、私が続ける。
「ただ、時間が経つと構造が変わったり拡張したりして、当てにならなくなるそうです。調査員の人たちは、Eランクなら攻略できる強さはあるらしいんですが、専門機材が必要で、専業化が難しいんです。そこで、私たちの出番ということですね」
火野さんは、ぽかんとした顔で「ほへー」と感心している。その後ろで再び白雪さんの眉がつり上がっていたが、これ以上立ち止まるのもよろしくない。
「さて、そろそろ行きましょうか」
◇
入口は、森の奥、崖の途中にある亀裂だった。ロープで封鎖され、看板には赤い字で「Eランクダンジョン発生中、立ち入らないでください」と書かれている。
「ここで間違いないですね。管理番号が一致しました」
周囲に人影がないことを確認して、着替えなどの準備を整え――もちろん、火野さんのいないところで着替えた――亀裂の中へ入る。
そこは、ジメジメとした暗い洞窟だった。スライムやゴブリンのダンジョンと違い、光源がない。
「うわ、前が見えねぇ」
先頭の火野さんが、真っ先にその被害にあった。この情報は聞いていたので、私は腰のポーチから手持ちライトを取り出して周囲を照らす。
「聞いていたとおりの洞窟型で、光源のないタイプですね。ちょっと、やってみたいことがあるんですが、大丈夫ですか?」
二人がうなずいてくれたので、魔法の準備を始めた。体内の魔力を練り上げ、手のひらの上に固めて出し、その性質を定義していく。
「これは手のひらに沿って動くもの、周囲を照らし、闇を払うもの。イメージはLEDランプ、動力は魔」
二人が微妙な表情を浮かべている気がするが、無視だ。私だって試行錯誤中なのだ。イメージを口に出すと、ものすごくやりやすいから、こういう詠唱になっているのである。
「点灯しろ『ライト』」
手のひらの上に、大きめの光球が浮かんで、洞窟を明るく照らした。背後の入口も、今ならしっかり見える。
「おぉ!!」
「へー」
二人が驚いて見てくるので、私は小さく胸を張った。
「なんとか試行錯誤してできた、私の魔法です。攻撃力はほぼないですけど。イメージ元がLEDライトなので」
「でも、それじゃあ清水さんが動けないんじゃ……」
白雪さんがはっとした顔で言うが、そこも抜かりはない。
「大丈夫です。光よ、かの者の背中を追尾せよ『カンテラ』」
光球を火野さんの背中に触れさせると、五十センチほど後ろを、ふよふよと追尾し始めた。
「おぉ、すげー。便利だな」
「あぁ……こういう便利系の魔法、忘れてた……。攻撃とか束縛ばっかり作っちゃった……」
三人ではしゃぐ。しかし、騒ぎすぎたらしい。
「きゅー!」「キュキュー」
洞窟の奥から、数体の鳴き声と足音が急速に近づいてくる。
「やべ。戦闘準備ぃ!」
火野さんが、背中の黒鋼のロングソードを引き抜く。私も警棒を抜いて、火野さんの斜め後方に飛び退り、左手のバックラーと武器の表面に結晶を纏わせた。白雪さんは大きく二歩下がって、雪の結晶が刻まれた白い杖を構える。
「きゅあーー!!」
飛びかかってきたのは、体長三十センチほどもある、大きなネズミだった。
E_ラット。Eランクダンジョンによく出てくるネズミ型のユーンだ。名前の前のEは、Eランクの強さという、単純な指標である。それが三体。先頭の一体が、火野さんへ飛びかかる。火野さんはちらりと後方の白雪さんを確認してから、その場にどっしり構えて、ロングソードを振り下ろした。
「せい!」
頭蓋に食い込み、即死。残る二体が左右から迫る。私は駆け出して、飛びかかろうと踏ん張るネズミの頭を警棒で打ち据えた。不意打ちを食らったネズミが目を回して気絶する。もう一体は、
「氷よ、弾丸と化して敵を撃て『アイスボール』」
白雪さんの杖の先から氷の球が放たれ、胴体を吹き飛ばしていた。私は、気絶したネズミの首をナイフで切る。ネズミたちはほぼ同時に光の粒子になって、大きな前歯と黒い石だけが残った。
「よし、これなら大丈夫そうだな」
◇
その後も、私たちは順調に進んだ。出てくるのは、E_ラットと、上から奇襲してくる大きなコウモリ、E_バット。どちらも知能は高くないので、二人が戦っている間に、一人が警戒していれば問題ない。ラット五体と戦っている最中にバット二体が奇襲してきたときも、
「『コールドブレス』」
白雪さんの冷気で、ぼたぼたと落ちていった。
洞窟には分かれ道があり、行き止まりにはマーキングをして、確実に奥へ進んでいく。そんな横穴の一つを偵察していた私は、行き止まりに、銅色の宝箱を見つけた。
珍しい。Eランクダンジョンに宝箱は、あまりない。ないわけではないらしいが、これまで見かけたことはなかった。敵がいないことを確認し、すぐに引き返して二人に報告する。
「敵はいなかったけど、宝箱がありましたよ」
「っっしゃ」
小さくガッツポーズを取る火野さんと、表情は変わらないが嬉しそうな雰囲気の白雪さん。
「取ってきますので、ここで引き続き監視をお願いします」
後ろで「あぁ、俺の宝箱……」という声が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。
宝箱に近づき、ペンライトで鍵穴や周囲を確認する。裏側に、箱につながる釣り糸を見つけた。完全に罠だ。たどっていくと、蓋に紐がつながっていて、引っ張られると上の穴から矢か何かが放たれる仕組みらしい。止血用テープで糸を固定してから、切って罠を不発にし、蓋を開ける。
入っていたのは、十枚ほどの紙札だった。
「呪符か……」
呪符は、使い捨ての魔道具の一つで、ダンジョン産以外にも、人が作ったものがそれなりに流通している。私が求めている『賢者の石板』も、ダンジョン産の魔道具の一つだ。こんなところにある呪符では、性能に天と地ほどの差があるが。それでも、それなりの価格で売れるはずだ。当たりである。
「何があった?」
「呪符」
「それなりに売れそうね」
そう話しながら、私たちは奥へ進んだ。
五時間ちょっとが経って、私たちはコアルームへ続く扉の前に立っていた。
「フォーメーションは?」
「俺が前で」
「私が後方支援。こいつが入ってから三十秒後に入る」
「私が遊撃で入るときは、最初は隠れますね」
火野さんが扉を開く。
「チュゥーアァーー!!」
叫んだのは、E_ラットよりかなり大きい、二足歩行の焦げ茶色のネズミだった。手には斧。ダンジョンのボスは、そのダンジョンに出てくるユーンを強化したものが多いらしい。今回もそのパターンだ。
「うおりゃぁ!!」
火野さんが、炎を纏ったロングソードで突っ込む。私はその影に隠れるように部屋に入り、ボスラットの側面へ回り込んだ。ロングソードと手斧がぶつかって、火花が散る。三十秒遅れで、白雪さんが入ってきた。
「貫け!『アイスニードル』!」
複数本の氷の針が放たれ、私も、ボスラットの右側面から迫る。火野さんは白雪さんが入ると同時に、誰もいない方向へ飛び退く。
「チュー!?」
ボスラットは、どちらに対処すればいいか迷って、致命的な隙を作った。氷針が毛皮を貫き、私の水晶を纏った警棒が、肩を砕く。それでも致命傷ではない。私はバックラーで体をかばいながら飛び退った。ボスラットは殺意のこもった目で私を睨んで、足を振り上げ――
「うおおおおおーーー!」
反対側に飛び退っていた火野さんが、無防備になった背中を切りつけた。
「ぎゅああああ!!??」
私は再び近づいて、左手のひらを、苦しむボスラットの顔に向ける。
「発生し、炸裂せよ『フラッシュバン』」
一瞬だけ、すさまじい光が放たれて、視界を潰した。ボスラットが目を押さえて転げ回る。
「二人とも、避けて!」
私と火野さんが大きく飛び退くと、白雪さんの周囲には、無数の氷のつぶてが浮いていた。
「『リトルフェイルシュート』」
氷の塊が一斉に殺到して、全身を打ち据える。数十秒後、光の粒が立ち上り、大きな魔石と、黒光りする手斧が残された。
「攻略完了ってな!」
火野さんが得意げに宣言し、私と白雪さんは苦笑いしながら奥へ向かう。
「さて、これを回収すれば終わりっと」
すっかり手慣れた様子で、白雪さんは、壁に埋まった赤い宝石――ダンジョンのコアを取り外した。周囲が激しく揺れて、闇が一気に侵食してくる。気づくと、私たちはダンジョンの入口のあった崖の上にいた。亀裂は消えている。
私は手早く電話で攻略報告を済ませて、納品のために、三人で帰り道を歩き始めた。
これが、私たちの新しい日常である。
そんな言葉が脳裏をよぎって、私はフッと笑ってしまった。
――胸の奥で、水晶の心臓が、一度だけ小さく軋んだ。
聞こえないふりをして、私は歩き出した。




