黒猫は探偵の過去を知る
「なんで、こんな事になってるんですか!?」
菖蒲は、顔を赤くして一条に言う。一条は、自分のデスクに座って一服している。
「いや、なに。こう、流れで…ねぇ。」
月夜は、ソファーに座りながらフワフワした気持ちで顔を赤らめている。
「流れって、どんなですか!?」
「いやぁ〜、なんかね。月夜くんの事、…可愛いなぁ〜…なんて思って…。」
一条は、照れ隠しか、外の方を向く。月夜は、恥ずかしくて顔を手で隠す。菖蒲は、この状況にフラリとした。自分が、一条とそう言う仲になろうと企てていただけに、おじゃんになった事に絶望する。
「先生は、男性が好みだったんですか?」
菖蒲の言葉に、一条はやっと振り向いて話す。
「何を言うんだい!私は、こう見えてバツイチだよ?」
「えっ…?」
月夜と菖蒲は、同時に声をあげて一条を見る。
「…この流れ。やっぱり、話しをしないといけないパターン?」
「知りたいです!」
こう言う時だけ、二人は息ピッタリだ。一条は、うざったそうな顔をする。
「分かった。分かりました!じゃあ、少し長くなるけど、話しますよ。」
ひょんなことから、一条の過去を知ることになった。
あれは、一条が二十歳の頃だった。大学生だった一条彰は、首席で女性からも人気なほどのイケメンだった。そんな中、原田茜と付き合っていた。茜は、とても肌が白くて小さくて、美人と言うより、可愛い感じの女性だった。一条は、女性と付き合っても、精々二ヶ月続くかどうかだったが、茜とはずっと続いていた。そして、大学卒業して、公務員になった時に、籍を入れて夫婦になった。だが、三年も経つと、一条は会社の上下関係が嫌になった。そこで、資格を取得して、探偵業にくら替えした。茜の意見も聞かずに。そして、始めは地味な依頼やら、まったく仕事が回ってこない時もあった。生活は、安定などしていなかった。そのため、茜もパートとして働くことになった。二人の生活は、安定していたかに思えたが、少なからず茜は不満を感じていた。そんな時、怪盗シルバー事件が記事に出される。「これだ!」
一条は、大仕事が舞い降りてきたと、家族を顧みず、シルバーを追い続けていた。そこで、知り合いになったのが轟警部だった。一条は、轟に予告状の建物の位置を見て、シルバーが現れるであろう場所を予想して、息を切らして走った。そして、満月の夜、ビルの屋上に彼の姿を発見したのだ。一条は、ドクンドクンと緊張しながら、カメラのシャッターをきった。それに気がついて、怪盗シルバーは声をかけてきた。
「若い探偵さんだ。私の居場所を見つけるなんて、やりますね。」
一条は、唾を飲んで、なんとか言葉を続けた。
「そう言う君も、若い青年のようだ。」
シルバーは、クスッと笑う。
「さて、私を捕まえることができますか?もしも、その時が来たら、ご褒美をあげますよ。」
どこか、色気をもした雰囲気が彼を囲んでいて、一瞬で虜になってしまった。彼は、躊躇なくビルから落ちる。一条は、その後を駆け寄って見届けた。こんな高層ビル、ただで落ちたら命はない。だが、シルバーは軽い足取りで得物のある建物へと物凄いスピードで向かっていった。後日、一条が写したシルバーの写真は、轟たちに有力な利益をもたらした。
「でかした、探偵くん!今まで、怪盗シルバーの姿を見た者はいない。これが、証拠になる!これからも、捜査に協力してくれ!もちろん、報酬も渡そう!」
「は、はい!」
こうして、一条はシルバーにのめり込んでいた。予告状が来れば、予想して先回りする。だが、なかなかうまく彼に再び会うことができなかった。一条は、探偵業をやっていて、ようやく手応えを感じた。これで、生活も安定していく、と思ったあげくだった。仕事帰りに、とんでもない光景を目にした。それは、知らない男と歩いている茜の姿だった。茜は、化粧をして、とある場所へと足を運んで行った。一条は、思わず職業癖で、写真を撮り、ラブホテルに入っていく姿を確認した。もちろん、その日の晩に話し合いをした。すると、茜からとんでもない言葉が出てきた。
「あなたが悪いのよ!私を差し置いて、少しも家庭を顧みなかったじゃない!ずっと、一人で食卓に待たされる身にもなってよ!どれだけ孤独かわかる!?私は、探偵なんて職業に賛成してなかった!勝手にあなたが決めたことよね?私は、公務員やってた時のあなたが一番好きだった!なのに、なによこの写真!?人のプライベートも何もないじゃない!この、ストーカー野郎!!」
「すと…?なんだと!?」
「あんたを、訴えてやる!」
茜は、激情に任せて、弁護士を雇った。そして、警察沙汰にもしたのだ。だが、一条が探偵であることは、警部の轟がよく知っている。轟は、一条の力になってくれた。轟警部の知り合いで、優秀な弁護士がついてくれたおかげで、一条は逮捕されることはなかった。そして、三カ月と言う長い期間を得て、お互いに離婚と言う形になったのだ。
※
一条は、静かに煙草に火をつける。聞いていた二人は、言葉が出ない。探偵を、ストーカー呼ばわりするなど、今まで聞いたことがない。
「これで、満足したかい?大して、面白くもなかっただろう?」
「そんなこと、ありません。一条さんも、大変な時期があったんですね。」
月夜は、一条の様子を見る。
『やっぱり、十夜兄さんと会っていたんだな。』
「今なら、まだ遅くありません!先生は、結婚するべきです!」
菖蒲は、熱弁する。
「なぜ、そう思うんだい?私は、甲斐性なしの大したことのない男だよ。」
「相手が、男性じゃなくていいじゃないですか!宇佐美さんを相手にするなら、いっそ私を相手にしてください!」
菖蒲は、躊躇いもなく言う。そりゃそうだろう。朝のあの光景を目の当たりにしてしまったら、居ても立ってもいられない。
「菖蒲くん。君は、まだ二十歳になったばかりの若い娘さんだ。相手に出来るわけがないだろ?」
「もう、二十一歳です!宇佐美さんと、大差ありません!私と、付き合ってください!」
一条は、頭をかく。
「悪いね。もう、女性と付き合って、家庭を持つ気なんかないんだよ。一回経験すれば、十分だ。」
「で、でも、私も先生の事を、お慕いしています!少しずつでいいから、私の事も見てください!」
菖蒲は、必死に一条に訴える。一条は、月夜のほうを見る。
「いや、悪いけど。私には、心に決めた相手が出来たんだから、二股はかけられない。」
一条は、手を伸ばして優しい笑みをたたえて月夜の首にかけてある三日月型のネックレスを触った。月夜は、指が触れてドキッとする。このネックレスは、昨夜一条がプレゼントでくれたものだ。それを見て、昨日とは違い、今度は菖蒲が外に出て行く番だった。事務所のドアを開けて、外へ出て行った。それを見て、一条は一つため息を吐く。
「もしかして、菖蒲のアプローチに気づいていたんですか?」
月夜は、驚く。
「私も、伊達に女性と付き合っていないよ。それくらい分かっていた。昨夜は、酷い言い草をしてしまってすまなかった。でも、このプレゼントでチャラにしてくれないか?」
月夜は、嬉しそうに微笑む。
「なに言ってるんですか。とっくに、許しちゃってますよ。」
一条は、月夜の笑みを見て、うっとなる。そして、月夜の頭をナデナデする。
「な、なんですか?」
「いや、可愛いなと…思って、つい…。」
一条は、押し倒したい衝動を押さえる。
※
事務所の近くの公園で座っていた菖蒲は、悔しくて涙を流していた。
「うまくいっていたのに、なんで…!?」
菖蒲は、自分の失態にまったく気がついていなかった。頭脳を使った恋愛は、お遊びだけで十分だと言う事を、一条は知っていた。ましてや、そんな相手をパートナーに選ぶわけがなかった。
「あの、すみません。」
突然、声をかけられ、菖蒲は上を向く。この暑い陽気に、スーツとネクタイをビシッと決めているサラリーマン風の男性が声をかけてきた。
「一条探偵事務所は、どちらになるのでしょうか?」
菖蒲は、一瞬ナンパかと思い、少しがっかりする。
「あの真新しい建物です。私は、そこの事務員なので、ご案内します。」
「そうでしたか。では、よろしくお願いします。」
菖蒲は、少し気まずい中、その男性を連れて事務所に戻る事にした。一条は、菖蒲が連れてきた男性を見て目を丸くした。
「堺さん!」
「ご無沙汰しております、一条さん。突然の訪問、申し訳ありません。おりいって、お話ししたい事がございまして…。」
「外は、お暑いでしょう。客間の方へ、お座りください。」
一条は、腰を低くして堺を案内する。
「どうぞ。」
菖蒲は、冷たい麦茶を出す。
「これは、どうも。」
堺は、汗をハンカチで拭きながら、一口飲む。
「それで、お話しというのは?」
「実は、あなたにやっていたたきたい仕事のご依頼があるのですが、相手が相手でして、一度聞いていただいてからと思いまして。」
「その相手とは?」
堺は、少し戸惑いつつ言う。
「原田茜さん。今は、ご結婚されて、宮竹茜さんです。」
「茜…!?」
隣の部屋で聞いていた、月夜と菖蒲も、え、と驚く。
「茜が、今更どうして!?」
「あなたの噂をお聞きになって、仕事を依頼したいらしいのです。もちろん、会うか会わないか決めるのは、あなたです。あなたを訴えた茜さんに、無理に会う必要はありません。こちらで、お断りしておきましょうか?」
一条は、下を向いて手を組んだ。
「いえ。お互い、歳もとりました。たぶん、大丈夫だと思います。お引き受けいたしましょう。」
真っ直ぐ堺の目を見て話しをする一条を見て、堺は笑顔を見せる。
「成る程。あなたは、お変わりになったようだ。当時は、死んだ魚のような目をしていましたから。では、事務所の連絡先をお教えしても構いませんか?」
「ええ。」
一条は、名刺を堺に渡す。
「確かに。では、要件はこれで!」
暑い陽気の中、堺はまたスーツを着て帰っていった。
「一条さん。本当に、依頼を引き受けて良かったんですか?」
月夜が、心配そうに言う。
「大丈夫だよ。しかし、昔の話しなんかするもんじゃないね。」
一条は、煙草に火をつけた。
数日後。ショッピングモールの喫茶店で、一条と茜は会っていた。茜は、照れくさそうに、オドオドとしている。
「ひ、久しぶりね。お仕事、うまくいってるんですってね。驚いたわ。」
一条は、じっくりと茜を見ていた。あの頃と、まったく変わらない。いや、少しだけ変わっているとしたら、ワンピースの格好に、少しお腹が膨らんでいるところだった。




