黒猫は大人の事情を知る
一条は、宮竹茜と向き合っていた。その場所は、喫煙室。にもかかわらず、茜はそこに一条を呼んだ。
「なぜ、ここに私を呼んだんだ?」
「え…?そ、それは依頼を…。」
茜の言葉に、一条はイラッとする。そして、灰皿に煙草を押し付けて消す。
「そうじゃない。君は、今妊娠しているんじゃないのか?」
眉間に皺を寄せた一条の顔を見て、茜はビクッとする。
「だ、だって、あなたは煙草を吸うと思って…。」
「君が、妊娠していると知っていたら、吸うわけないだろ⁉赤子には、毒だと誰でも知っていることだ!君も、母親になるのなら自覚をもて!」
一条に言われて、茜は涙目になって下を向く。一条は、それを見てチッと舌打ちする。
「…とりあえず、場所を移そう。そこで、話を聞く。」
「な、なら、家に来て。夫は、今は残業で遅いの。」
一条は、上着を持ってその場を立つ。
二人の会話を盗み聞いていた月夜とフューは、一条の襟下に忍ばせておいた盗聴器越しに慌てる。その場所は、いつものボックスカーの中だ。
「マズイ。移動するぞ!」
「分かってるよ。」
フューは、手慣れたように運転席に戻る。
一条は、助手席に茜を乗せて、マンションに向かう。その道中で、茜が話をかける。
「あなたが、テレビ番組に出ていて、驚いたわ。怪盗…シルバーだったかしら。その盗人を、何度か撃退したって聞いて、凄いと思ったわ。」
一条は、心の中で、見られていたか、と深くため息を吐く。そして、ちょうど赤信号になって、片手で頭を抱える。一番、知られたくない人物に見られていた。マイナーな番組だから、見るのはマニアだけだと思っていたが、まさか知られるとは、と後悔する。この茜は、お金に目がない大和撫子なのだ。出演料が、それなりだったので、一度だけと言う約束で出演したが、それで連絡してきたことを知った。と言うことは、と茜の左の薬指をそっと見る。そして、やっぱり、と思う。
「なんで、指輪をしていないの?言っておくけど、愛人になるつもりはないぞ。」
「えっ…⁉そ、その…。」
茜は、顔を赤くする。
イヤホン越しに、二人の会話を聞いていた月夜は、頭にくる。
「こ~の、女ぁ~!」
一人攻略したかと思ったら、また一人、と一条に言い寄る女が次々と出てくる。
一条は、押し黙った茜に、ヤレヤレと思う。
「言っておくけど、私にもちゃんとした相手ができたんだ。今更、寄りを戻すつもりは微塵もないよ。」
「そ、そそ、そんなつもりじゃないわ!」
お金に糸目をつけない茜に、呆れる。
「私は、”ストーカー野郎”なんだろ?忘れたとは言わせないぞ。」
「あ、あの時は、感情に任せて…。わ、悪かったと思ってるわよ。」
軽く言う茜に、一条は再び頭にくる。だが、今回は喧嘩をしに来たのではないと、押し留まる。
「君は、昔と少しも変わらないな。」
「あ、あなたは、とても変わったわね。凄く…魅力的になって…。」
言いながら、一条の左腕をそっと触ってくる。一条は、ヤレヤレと思う。
「運転中だ。それで、なんのために私を呼んだの。まさか、これが目当てじゃないよな?」
茜は、いつもの癖が出た、と手を引っ込める。
「ち、違うわ!…こ、今回は、夫の事で話があるの。」
一条たちは、茜の住むマンションに着く。一見、家具類が少ない殺風景な一室だったが、不自然なところがいくつもあった。
「い、今、お茶を入れるわね。適当に座っていて。」
茜は、キッチンに行く。一条は、まず始めに目についた壁を見る。不自然にポスターが何枚も貼られている。そして、リビングの大きなテーブルがあるにもかかわらず、二つの椅子と大きなTVには不釣り合いな小さな置き場所。TVの下には、支えるような感じで雑誌がいくつも積み上げてあった。これは。
「彰?どうしたの。」
一条は、壁に貼られていたポスターを一枚ずつ剥がしていく。そこには、いくつも穴の開いた壁があった。
「や、止めて…‼」
「どうして、DVを受けていることを、相談所に言わない!」
一条の指摘に、茜はポットを落として蹲る。
「い、言えるわけないでしょ。おなかには、あの人の子がいるのよ!それに、始めはとても優しい人だったの。でも、子供ができたって言ってから、急に態度が変わって…!」
「本当に、旦那さんの子供と言い切れるのか?依頼は、旦那さんに浮気相手がいるかどうかか。」
言い当てられ、茜は顔を上げる。その顔を見て、一条は苦笑いする。
「君らしい。何人の男と寝たのやら。」
「こ、この子は、確実にあの人の子供よ!で、でも、信じてもらえなくて…。」
「私でも、信じないな。」
茜は、一条の言い草にカチンとくる。
「わ、私は、何も悪くないわ!それより、依頼を受けてくれるの?」
「それは、お金を使ってくれるならだが、君は今妊娠しているだろ?探偵料だってバカにならないんだ。そんなことに使うよりも、産まれてくるベビー用品に使ったほうがいいんじゃないか?」
茜は、ブラックカードを見せる。
「お金の心配はいらないわ。あの人の服に、知らない女の香水の匂いがついていたの。この子の将来がかかっているのよ。どう。依頼、受けてくれる?」
カードを見せている茜の手が、小刻みに震えていたことに気が付く。この、どうしようもない女は、本気で子供を産もうとしている。
「・・・分かった。」
一条の言葉に、茜はフッと力を抜く。
「だけど、依頼はこの一度だけだぞ。後は、受けない。」
「ええ、分かったわ。」
茜は、一条に抱きつく。
※
先に、事務所に戻っていた月夜は、疲れ切った一条を迎える。
「お帰りなさい。大変でしたね。」
『あんな女を相手にしてきたんだから、そりゃあ疲れるよな。』
事情を知っている月夜は、察する。ゲッソリした一条は、月夜の肩に顔を埋める。
「悪いけど、一緒にこの男の動向を探ってくれる?」
一条は、写真を持った手を上にあげる。その写真を、受け取る。
「もちろん、構わないですよ。僕は、あなたの助手ですから。」
「名前は、宮竹聡。大手IT会社の代表取締役社長だ。」
『おお。こりゃあ、イケオジだ!整ったシャープな顔つきに、鍛えられていそうな体つきだ。愛人の一人や二人いて当たり前だろうなぁ。まあ、一条さんの方が、イケオジだけど。』
一条は、月夜の額に自分の額をつける。
「今夜は、一杯付き合ってくれるかい?」
「良いですよ。とことんまで飲みましょう。」
月夜と一条は、ワインを開けた。一条は、煙草を吸いながら愚痴をこぼす。
「なんで、女はああいう生き物なんだ?君のように、素直で可愛い子がいてもいいじゃないか。なのに、私の周りにくる女は、お金目当てで言い寄ってくる。金が無くなれば、次の男を探す。それしか能がないのか?」
「まあ、その茜さんは、特殊ですよ。そんな女性ばかりではありませんって。ただ、一条さんがとても魅力的な男性だから、言い寄る女性がたくさんいるだけですよ。」
一条は、月夜の胸に倒れこむ。
「一条さん。少し、飲みすぎでは?明日の仕事に影響しますよ。」
「なら、君が解放してくれ。手伝ってくれるんだろ?」
一条は、月夜に甘えてきて、乱れたワイシャツが色気を出している。思わず、ゴクリとしてしまう。筋肉質ではないが、それなりの修羅場を乗り越えてきただけあって、筋肉がそれなりについている。首筋から、コロンのいい匂いが漂い、思わず緩めたネクタイを外してしまう。そして、ワイシャツのボタンも上から一つずつ外していく。
『か、解放してくれって、そういうこと…だよな?」
すでに、上の服を脱がせた月夜は、一条を抱えて部屋に連れていく。一条は、酔っぱらって大の字になる。その上に、月夜は乗る。そして、耳元で呟く。
「ねぇ、彰さん。良いよね?」
「ん…?うん。」
月夜は、一条の体をなぞって、唇を重ねた。一条は、素直に応える。
※
次の日。宮竹聡の動向を調査する。7時13分、車でマンションから出て行き会社に向かう。8時15分、会社に出社。12時、茜の手作り弁当を持って、近くの公園へ向かう。
「ここまでは、異常はありませんね。」
「ここからが本番だよ。」
草陰で見ていた一条と月夜は、聡の行動を見張る。すると、茜の作った弁当の中身をゴミ箱に捨てたのだ。
「あっ!もったいない。なんで、捨てたんだ?」
月夜は、望遠鏡をのぞく。すると、公園のベンチに座った聡の元へ、一人の制服を着た女性が一人近づいてきた。バッジには、”山本”と書いてあった。
「お待たせ~。今日も、作ってきたよ。」
山本は、聡に弁当を渡す。聡は、嬉しそうに笑って弁当を受け取る。
「助かるよ。君の弁当が、一番美味しい。あの女の作った食べ物は、口に合わないからね。」
「ありがとう、嬉しい。明日も、作ってくるからね。」
その光景を見た一条は、複雑な気持ちになる。確かに、浮気ばかりしている茜は、それなりに侮辱されても仕方のないことは分かっている。だが、自分ではなく、他の男が悪口を言っているところを見ると、素直に同意できないところがあった。弁当まで作っているのだから、今回は本気でこの男の事を考え、おなかの赤子の事も考えていることが分かった。でも、この男はその思いをあの弁当の中身のようにゴミに捨てるぐらいの価値感しか持っていないのだ。
「どっちもどっちだな…。」
一条が、ボソリと言う。
「何がですか?」
月夜は、口に頬張っているカレーパンを食べながら聞く。
「なんでもない。」
一条は、月夜の食べていたカレーパンを横から一口かじる。
「それじゃあね。」
山本が、ベンチを立って手を振る。聡は、笑顔で見送った後、スマホを取り出す。
「一体、どこに電話を…?」
一条と月夜が、注目していると、聡は明るい顔で話だした。
「ああ、俺だ。今夜も、そっちに食べに行く。じゃあな。」
一条は、頭をひねる。
「宮竹聡は、バツイチだ。まさかと思うが…。」
時間が、17時15分になり、聡が会社を後にする。そして、車に乗ったと思ったら、マンションとはまったく真逆の方向へ向かった。そこは、一軒家の家だった。玄関の表札には、”宮竹”と書いてあった。聡が玄関を開けると、一人の男の子が飛び出してきた。
「お帰りなさい、パパ!」
男の子の言葉に、月夜は口をあんぐり開ける。
「ぱ、パパ…⁉」
大声を出しそうになった月夜の口を一条が抑える。
「良い子にしてたか、雄馬。」
「お帰りなさい、あなた。」
奥から、昼間の山本とは違った女性が顔を見せる。聡が、始めに結婚した女性だ。聡は、そのまま玄関の扉を閉めて中に入る。
「一条さん、これって…!」
「二重生活だな。」
まさか、離婚した相手とよりを戻してしたとは、衝撃の出来事だ。そして、こちらにもう子供が居たとは、驚きだった。
「…このこと、彼女に話をしないといけないんですよね?」
あまりのことに、月夜が一条の顔を見る。
「そうだね。仕事だから、真実を伝えるしかない。」
一条は、眉間に皺を寄せながら答えた。
一条は、写真を茜の前に出して、真実を伝えた。
「…うそ。嘘よね?だ、だって、彼はちゃんと離婚していて、子供もいないって言ってたわ!」
「でも、ちゃんと実子が存在した。そして、以前の妻だった恵子とよりを戻していた。本当は、知っていたんじゃないか?」
おそらく、茜は聡が離婚していたと嘘をつかれていた。愛人である茜に、子供ができたなら、下ろせと言うにきまっている。そして、茜のほうが結婚を迫っていた。ゴミ箱には、何枚もの結婚届が捨ててある。
「悪い事は言わない。子どもは、諦めるべきだ。」
「い、嫌よ!ようやく、普通の生活ができるのよ。手放せるわけが…!」
茜は、青い顔をして体を震わせる。
「いい加減、現実を見ろ!君は、騙されていたんだぞ⁉そんな、男の子供がそんなに大切か?」
「大切よ!もう一度、あの人と話し合うわ。きっと、魔が差しただけよ。そう、そうだわ…!きっと、そうよ!」
茜の精神は、すでに壊れかけていた。一条は、少し不憫に思う。茜は、妊娠して不安定になっているところ、相談する人もいなくて、ずっとこの薄暗いリビングで自問自答してきたのだろう。一条は、最後の温情だと思い、体を震わせている茜の両肩に手を置く。すると、茜はビクッとして一条を見る。
「茜。何度、繰り返しても同じだ。相手に子供がいるのに、それ以上の子供を望むことはしないだろう。だから、ちゃんと前を向いて、せっかく授かった子供だが諦めるんだ。じゃないと、君の身がもたないぞ。」
一条の言葉に、茜は苦笑いする。
「…な、なら、あなたがなってよ。この子の父親に…。」
「はっ…?」
あまりのことに、一条は手を放す。すると、茜が一条の両腕を掴んでくる。
「この子の父親に、あなたがなってよ!もう、子供を諦めるのは嫌よ‼」
「き、君は…⁉」
一条は、心の中で、何回子供を下ろしたんだ、と困惑する。
「冗談も、体外にしろ!」
一条は、茜の手を振り切って玄関に向かう。すると、背中から抱きついてくる。
「待ってよ!ねえ、彰。あなただけが、私をお嫁さんにしてくれたわ。だから、よりを戻してちょうだい‼」
「いい加減にしろ!私を、ストーカー野郎と罵り、犯罪者に仕立て上げたのは、お前だろ⁉裁判沙汰にまでして、どうやってよりを戻せなどと言える⁉馬鹿にしているのか‼」
一条は、泣きじゃくる茜を突き放し、玄関から出て行く。
「待って。待ってぇ~‼私を、見放さないで‼」
一条は、腹を立てながら車に戻る。助手席には、月夜が座っていた。
「自業自得、ですかね。」
「まったくだ!」
一条は、思い切りアクセルをふかした。一秒でも、あそこにいたくなかったのだ。そして、怒りを鎮めようと、煙草に火をつける。
あの依頼から、一週間が経とうとしていた。事務所の中は、静かなものだった。一条は、デスクで煙草をふかし、月夜は茶々とソファーで戯れていて、菖蒲はパソコンを打っていた。そして、テレビの音声だけが流れていた。
「昨夜、〇〇区のマンションで、宮竹聡35歳が原田茜38歳を刃物で刺し、重傷を負わせ逮捕されました。」
テレビのニュースに、三人は、え、とテレビを見る。
「原田さんは、救急搬送されましたが、傷が深く何ヵ所も刺されていることから、相当な怨恨があるとみています。」
ニュースを見た後、すぐに電話が鳴る。それに、菖蒲が出る。
「はい。こちら、一条探偵事務所です。…ええ、お待ちください。先生、堺弁護士からです。」
一条は、嫌な予感が的中して、一呼吸おいてから電話に出る。
「はい。お電話変わりました。」
「先ほどのニュース、見ていらっしゃいましたか?」
「はい。」
「それで、原田茜さんのご家族から連絡がありまして、生死の境で、茜さんがあなたの名前を言っているとおっしゃっています。」
「私の?」
「本来なら、行かない方が良いと言いたいところですが、可笑しいと思われるでしょうが、彼女が心残りを残しては、静かに逝くことができないと思うのです。どうですが、その前に一度顔だけでもお見せてなっては?」
一条は、押し黙る。
「時間は、あまり残されていないと思います。いかがなさいますか?」
目を瞑って考えている一条の肩に、月夜は手を置く。
「一条さん。僕も、一緒に行くよ。」
月夜の顔を見て、一条はどこかホッとする。そして、また電話に出る。
「分かりました。病院の場所を教えてください。」
一条は、緊急病棟の前に立ち、足を止めた。どこかで、まだ躊躇が残っていた。その一条の心を察してか、月夜は一条の手を握る。一条は、月夜の顔を見て、大丈夫、と頷く彼の顔を見て、深呼吸をする。そして、部屋に入った。病棟に入ると、茜の母親が居た。一条の姿を見ると、目を見開く。
「あ、彰ちゃん!来てくれたのね。」
一条は、軽く頭を下げる。そして、茜が横たわっているベッドの横に行く。
「茜!彰ちゃんが、来てくれたわよ!」
母親の呼びかけに、茜は少しずつ目を見開く。
「…あ、きら…。き…て…く。」
茜は、喜ぼうとしたが、一条の手を握った月夜の姿を見ると、言葉を失う。
「…そう。その人が…。」
「ああ。」
一条は、月夜の手をギュッと握りしめる。茜は、月夜の首にかけられたネックレスを見て、涙をこぼす。
「う…らやましい。私、…彰から、一度もプレゼント…もらった事、なかったのに…。」
月夜に、ちゃんとした恋人宣言を明かされたことで、茜は一条を諦めるしかないことを突き付けられた。これでは、心残りは無くなってしまう。茜は、意識がフッとなくなる。
「茜…?茜⁉」
母親が声をかけるが、機械の音が部屋に響き、茜が目を開けることがなかった。側にいた医師が、急いで茜の瞳孔を見る。そして、時間を見る。
「…ご臨終です。」
「茜~‼」
母親が、泣いて抱きつく。その横で、看護師が機械を止める。くしくも、茜に死の宣告をしたのは、月夜だった。あんたには、もう想ってくれる相手がいないのだと、言ったようなものだ。とても、現実的で、とても残酷なことだ。
一条と月夜は、事務所に戻る。
「あ、先生。お帰りなさ…。」
菖蒲が言いかけると、それを無視して、一条は月夜の手を引いて自分の部屋に入った。
「い、一条さ…?」
戸惑う月夜の唇を、一条は激しく奪った。
「ん…!」
月夜は、されるがままになるしかなかった。そして、無造作に洋服を脱がされてベッドに倒される。菖蒲は、一条のことが心配になって部屋の前まで行くが、月夜の声が漏れてきて、ノックすることを止めた。そして、急いで荷物をまとめて事務所を出て行った。
何度、意識がなかったか分からないが、月夜は自分の頬に雫が落ちてくることに気が付き、目を覚ます。そして、にっこりと優しい笑みを浮かべ、一条の頬を流れる涙を拭う。
「あなたが、悪いんじゃない。彼女を殺したのは、俺だよ。だから、苦しまないで。」
そう言い、一条を抱きしめる。
次の朝になり、勢いよく一条の部屋の扉が開け放たれる。
「おはようございます。お二人とも、時間ですよ。サッサと、シャワーを浴びてください!」
一条と月夜は、眠たそうに目を開ける。そして、月夜は力が入らない事に驚く。
『やべっ!結構、激しかったから…。立てない。』
そう思っていると、一条が月夜を布団ごと抱えて菖蒲の横を通る。
「ちょっ…、一条さん。結構、恥ずかし…。」
顔を赤らめる月夜のことを無視して、一条はあくびをしながら浴槽に向かう。その光景を見ていた菖蒲は顔を赤らめる。
シャワーを浴び終えた二人は、事務所でかんだるそうにしていた。一条は、デスクで煙草をふかし、月夜はソファーで座っていた。
『今日は、動けそうにないなぁ。』
そう思っていると、目の前にコーヒーとフレンチトーストが出された。月夜は、菖蒲の顔を見る。
「何も食べていないのでしょう?」
「あ、ありがと…。」
月夜は、驚いて口に入れる。そして、一条のところにも差し出す。
「お元気そうでなによりでした。」
「何がだい?」
一条は、煙草を吹かしながら答える。
「いえ、何も。それで、先生。こんな時になんですが、例の脅迫メールが、昨日も送られてきていました。」
「脅迫メール?」
月夜は、初耳で体を少し浮かせる。
「ああ。君には、まだ教えていなかったっけ。君が、バカンスを楽しんでいる間に、私はある番組に出たのだけれど、それからここのところ、私に対しての脅迫めいたメールが送られてきているんだよ。」
「へえ~。ヤバイですね。」
そのメールを見に行きたかったが、ソファーから動ける気がしなかった。
「まあ、一応轟警部に言ってあるし、被害届も出しているから大丈夫だと思うけどね。」
そう言いながら、パンを口に入れる。菖蒲は、突然拳を握る。
「私、決めました。良い人を見つけて、結婚します!」
「いきなりどうしたの?」
一条が、力なく答える。
「いつまでも、ウジウジしていられません。婚活します!」
「婚活って、まだ二十歳なのに焦りすぎじゃない?」
「善は急げと言います。そうじゃないと、前に進めません!」
月夜は、ホッとしてコーヒーをすする。
『やっと、諦めてくれたか。』
だが、昨日の茜の事を少し思い出して、目をそらす。




