黒猫は働く意味がある
月夜は、ある南海の海の中にいた。それは、宇佐美の弟である哲也からの依頼があったからだ。
「三十年前に沈んだ、"豪華客船ビーナス号"からあるお宝を探してほしい。絵画なんだが、君ならすぐに分かるだろう。他のお宝は、好きに取ってくれて良いから。」
と言うことで、月夜はボンベを背負って、沈んでいる豪華客船の場所へ。その横からフューが小型の潜水艇でお宝を回収しに潜っていた。
『忘れられたビーナス号ってか。お、見えてきた。』
月夜たちは、早速沈んで廃れている船の中を物色し始めた。豪華客船では、上流階級の人間が上にいる。だから、上の方を探しだした。すると、慌てて逃げたのだろう。様々な金銀財宝が金庫の中に入っていた。月夜は、袋に詰めていく。そして、ある程度したら、ボンベの酸素が続くうちに、哲也から頼まれたお宝を探し始めた。『絵画と言うから、きっと大広間だろ。』
広いホールへ出ると、絵画がいくつも散らばっていた。砂のすすを払い、絵画を一つ一つ見ていく。どれも、捨てがたい値打ち物があった。
「おい、フュー。大きなお宝があるから、取りに来てくれ。」
「了解!」
フューが来るまで、月夜は持っていく物を選んでいた。そして、一つ壁に立てかけてあった一つの小さな絵画があった。それは、美しい女性が描かれている物だった。それを、手に取る。眺めていると、背後から気配があり、振り返る。
「お、フュー。来たっ…!」
それは、大きなサメだった。サメは、真っ直ぐ月夜の方へ来て口を開ける。直前のところで、フューが大砲を食らわし、サメを撃退する。
「っ…ぶねぇ!助かったぜ!」
「周りに、サメの大群が集まり始めてる。サッサとお宝持ってずらかるぞ!」
ある程度回収すると、月夜はフューが操縦する潜水艇に捕まり浮上する。
「ぷはぁー!」
外には、中ぐらいのクルーザーが待っていた。
「月夜ぁ〜、お宝いっぱいあった?」
アロハシャツを着たジェリーが手を上げながら言う。
「おうっ。大量だ!」
月夜は、腰にぶら下げていた袋を掲げる。クルーザーを運転しているのは、バスクだ。早速、フューの乗っていた潜水艇を回収する。船体には、沢山のお宝が広げられていた。
「わぁ〜!宝石いっぱいある〜!」
ジェリーが、目を輝かせている。
「絵画も、数枚あるな。どれが、弟さんの言ってた物なんだ?」
フューが、横から聞く。月夜は、髪をかき上げながら答える。
「おそらく、その小さな縁の女性の描かれた絵だよ。」
他の絵画の大きさとは違って、とても小さかったその絵を見て、フューとジェリーは首を傾げる。
「…これがか?」
「ああ。おそらく、数十億はするだろ。」
皮肉な事に、宇佐美から鍛えられたお宝の見分け方は、叩き込まれていた。なので、すぐに分かった。月夜は、ジャケットを脱ぐ。
「引き揚げるぞ。」
潜水艇を乗せたバスクが言う。
「ああ。別荘に行くか!」
月夜たちは、早速クルーザーで戻った。
月夜は、ひとっ風呂浴びたあと、哲也に電話した。
「そうか。探してくれたか!」
「ああ。あの女性の絵画だろ?」
「流石だな。その通りだ!あそこに描かれていたのは、私の昔の恋人だった人なんだ。もう、この世には居なくてね。遺品を手に入れる事ができて良かった。お代は、君の口座に振り込んでおくよ。」
「助かる。他のお宝は、本当にこっちで分けちゃって良いのか?」
「構わない。好きにしてくれて良いよ。私は、兄さんみたいにガッツイたりしないからね。それに、兄さんがやっていた慈善事業も私に任されているから、そっちのほうで稼がせてもらっているよ。」
宇佐美の慈善事業と言うのは、福祉関係の施設の管理だ。それは、全国にまで広がっている。弟の哲也が言うには、宇佐美には身体の不自由な息子が一人いたらしいが、戸籍に入れなかった。それを、後ろめいていたらしく、福祉活動に金を注ぎ込んでいたのだろうと言っていた。まったくの偽善だ。十夜と月夜にしてきた行いを考えたら、単なる悪党の偽善者だ。だが、怪盗シルバーが盗んできたお宝の金が、その慈善事業に積まれていたのだと、誰も知らないだろう。同類である悪党共から、お宝を奪い去り、有効活用させてもらっている。そんな事を知らず、一条探偵や轟警部たちは、ただ盗っ人である怪盗シルバーを捕まえる事だけ考えている。怪盗の本分は、慈善事業だと言う事を知らない。これまで、どれだけの施設の老若男女が救われているか知らないのだ。そして、お宝を狙われているのが、どんな悪党なのかも知らない。
「二、三日は、そっちにいるんだろ?十分に満喫すると良い。」
「ああ。そうさせてもらうよ。じゃあな!」
月夜は、一息つきスマホを放る。
「あ〜あ。つっかれたぁ〜!」
ベッドに横になると、ふとある人物の事が頭をよぎった。
「一条さん、どうしてるかなぁ?」
もう、ゴミの山に埋もれることはないだろう。だが、一条を狙っている女狐がいる。その女の、こっちに来る前のニヤけた顔を思い出し、急に怒りが込み上げてくる。
「うぎゃあ〜!あの女狐めぇ〜、妙なことしてないだろうなあ!?」
月夜が、ベッドの上でバタバタしているのを見ていたフューが、一言言う。
「うるせぇ。」
※
月夜たちは、地方を探索してのんびり仕事の疲れをとっていた。夜なんかは、バーに行って飲んでいた。すると、どこにいても月夜は声をかけられていた。
「君、可愛いねぇ。一緒に遊ばない?」
声をかけてくるのは、もちろん男だ。
「悪いね。僕には、大切な人がいるんだ。」
月夜が、流し目で断ると、ドキンッとして、百発百中で皆心奪われる。
「そ、そうなんだ。いやぁ〜、残念だなぁ。なら、お友達からでも…。」
「それも、遠慮しとくよ。」
横で飲んでいるフューが呆れる。月夜をナンパしてきた数、ざっと二十名。
「お前って、魔性か?」
「罪作りだなぁ、俺って。」
月夜は、前髪をサラッとあげて自慢する。
「俺は、女の子の方が良い。」
「明日は、ヒナコちゃんに会えるじゃないかぁ!」
月夜が、フューの背中を叩く。
「俺は、ロリでもねえ!」
バカンスも、今夜が最後。明日には、本拠地に戻って、お宝の鑑定をしに行くことになっている。バスクは、この地でお別れとなる。
「俺の次の仕事は、FBIだ。」
「…あ、そう。そうなんだ。」
バスクは、いくつも免許や資格を持っている。なので、シルバー組には、なくてはならない人材だ。バスクは、金で物事を決める。だから、羽振りの良いシルバー組に手を貸してくれるのだ。
「また、金回り良くなったら、声をかけてくれ。」
そう言うと、バスクはサングラスをかけてとっとと店を出て行った。
「人生、謳歌してるよなぁ、バスクって…。」
フューが言う。
「まったくだな。」
言いながら、月夜とフューは飲み明かした。ジェリーは、もうぐっすりと眠っていた。
※
本拠地に着き、月夜は直ぐにヒナコの元へ行った。そして、ビーナス号の遺品の数々を鑑定してもらった。
「あんた、いい仕事してるわねぇ!怪盗じゃなくて、トレジャーハンターに変えたほうが良いんじゃないの?」
「よしてくれよ。俺には、怪盗の方が合ってる。」
ヒナコは、一つ一つ丁寧に鑑定していた。
「あ、そうそう。今、李は日本にいないわよ。」
「え、なんで?」
「おじさまが、亡くなったそうよ。だから、怪盗の仕事もしばらく出来ないわよ。」
ヒナコの情報に、ため息をつく。
「なんて、ジャストタイミングなんだ!運良く、こんなにお宝を持って来たなんて、危うく暇人になりそうだったよ!」
「あんたは、一応探偵助手もしてるでしょ?」
月夜は、そうだった、と頭を軽く叩く。
「時間がかかると思うから、全て鑑定し終えたら、あんたの口座に振り込んでおくわ!」
「サンキュー!んじゃ、よろしく。」
月夜は、自分のホームへと帰還した。事務所の階段を登り、スーツケースを持ち上げる。そして、元気に扉を開ける。
「ただいま、戻りまし…!」
「あ、危ない!」
「きゃあ!」
月夜は、声のした方を見て唖然とする。一条が横たわった菖蒲の上に乗っていたのだ。思わず、担いでいた荷物を下に落とす。正確には、一条が上から落ちてきた資料から菖蒲を庇っただけなのだが、状況が状況だ。口をあんぐりと開ける。
「な、ななっ…!」
「ん?ああ。月夜くんか、お帰り。」
菖蒲は、月夜の反応を、見てニヤリとする。
「大丈夫かい、菖蒲くん?」
「あ、はい。ありがとうございます。」
一条は、上から落ちた資料をもとに戻した。月夜は、固まったまま入り口にいた。
「月夜くん、いつまでそこにいるの?旅行は、楽しめた?」
一条の言葉に、月夜はハッとしてもとに戻った。一つ咳払いをして、荷物から土産を取り出す。
「はい、お土産です。休暇をいただき、ありがとうございました。おかげで、宇佐美の会社の視察も出来ました!」
「そう、なら良かった。君は、本当に働き者だねぇ。宇佐美さんの亡くなった後、弟さんの仕事を手伝っているなんて。」
「遺言なので、仕方ありません。でも、探偵助手もしっかりとやりますので、心配しないでください!」
月夜は、土産を差し出す。
「先生、コーヒーお入れしますね。」
「ああ、ありがとう。」
一条は、早速お菓子を食べ始めた。月夜は、一条に聞く。
「僕が居ない間、襲われたりしませんでしたか?」
「ん?誰から。別に、私は無事だけど?」
『全然、自覚ねぇ!』
月夜は、目を細める。
「失礼ですね。私は、野獣じゃありませんよ!」
菖蒲は、一条の前にコーヒーを置いた。そして、ソファーのあるテーブルにもコーヒーの入ったカップを置く。
「どうだか!さっきだって、押し倒されてたじゃないか!俺が居なかったら…!」
「何を勘違いしているんだい、月夜くん。それにね、オヤジの私が若い女性に手を出すわけないだろ?」
何故か、一条が菖蒲を庇う形になっていた。
「そうよ。先生は、紳士なんだから、変なことするわけないでしょ?」
『なんだ、これ?』
まったく、的外れなことになっていて、月夜は困惑する。
「心外だなぁ。月夜くんが、私をそんなふうに見ていたなんて…。」
「なっ…!違っ!」
菖蒲は、何気なく一条の肩に手をそえる。
「酷いですねぇ、宇佐美さんって。ずっと、先生の側に居るのに、そんなふうに見るなんて。」
月夜は、横目で笑う菖蒲の顔を見て、カッと頭にくる。
「君に会えるのを楽しみにしていたのに、残念だな。」
一条は、眉間にシワを寄せる。その顔を見て、月夜は胸が痛くなって、自分の部屋にサッサと入った。少し居ない間に、まるで菖蒲に操られているように、一条は迷わず菖蒲を庇った。そして、月夜に見せたことのない顔を向けてきた。
「最悪だ…!」
月夜は、ベッドに顔を沈めた。
「一体、どうしたんだ月夜くん?」
「さあ。旅でお疲れなんじゃないですか?それよりも、先生…。」
部屋の中に居ても、二人の楽しそうな声は少しなりと聞こえてきた。笑い声など、耳障りだった。月夜は、知らない間に寝ていた。そこへ、一条がノックしてくる。
「月夜くん。今日は、疲れているだろうから、出前でも取る?」
「…。」
応答がなく、仕方なくドアを開ける。
「月夜くん?」
肩を揺らされて、月夜はハッと気がつく。
「あ、一条…さん。」
「もう、夕方だよ。出前でもとる?」
月夜は、汗を流していた。
「…あ、はい。」
「悪い夢でも見たの?シャワーでも浴びると良い。」
言いながら、一条は煙草を吹かす。月夜は、一条の言った通りに、シャワーを浴びた。
『…夢?あの女狐、一条さんを手懐けたのが。』
月夜は、タオルで髪を拭きながら、灯りが消えている事務所の中を見て不思議に思う。
「一条さん?電気なんか消して、一体…。」
すると、突然ソファーの中央のテーブルに、蝋燭が灯り、ケーキが置いてあった。
「月夜くん、二十五歳の誕生日おめでとう!」
一条は、クラッカーを鳴らす。月夜は、感動でタオルを下に落とした。
「っ…!」
月夜は、自然に涙を滲ませていた。こんなふうに、自分の誕生日を祝ってくれたのは、十夜ぐらいだった。もう、こんなことはないと思っていた。だが、一条がサプライズを用意してくるたのだ。
「さあ、こっちへ来て、火を消して。」
月夜は、綺麗な蝋燭の火を見て、ゆっくりと火を吹き消した。
「なんだい。また、泣いているの?」
先程の一条とは違って、いつもの笑顔の一条に戻っていて、月夜は思い切りハグする。
「つ、月夜くん…!?」
一条は、ゆっくりと月夜の背中に手を置く。
「どうしたんだい?」
「俺…。やっぱり、一条さんのこと…。」
『好きだ…!』
自然と、顔を上に向けると、一条もゆっくりと唇を重ねてきた。そして、互いに手を握りしめていた。
朝になり、事務所に菖蒲が入ってきた。
「おはようございます。先生…?」
菖蒲は、ソファーから一条の部屋にかけて服が脱ぎ捨てられている事に疑問を感じる。
「先生…?きゃあ〜!!」
菖蒲は、ベッドに横たわっている二人の姿を見て、思わず声を上げる。菖蒲の声を聞いて、寝ていた一条と月夜は、目が覚めて顔を合わせる。
「あー!!」
思わぬ失態に、二人はそそくさと風呂場に駆け込んだ。




