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黒猫は神の力を見る

「そっちに、シルバーが逃げたぞ~!」

 警察たちは、大勢で建物の裏通路へ走り、シルバーを追い詰める。だが、捕まえる寸前で、ヒョイッと天井の鉄パイプに掴まり、身をかわされて警察が全員おしくらまんじゅうのようになる。すると、その上に飛び乗り、軽く逃亡する。

「おのれ〜!今一歩のところで!」

 身動きがとれなくなった警察たちは、笑って逃げるシルバーの跡を見て悔しがる。

「災難でしたね。」

 一条が、姿を現す。

「いえ、一条さんのおかげで奴のルートが分かったたけでも上々ですよ!まあ、逃げられてしまいましたが。」

「彼は、本当に身体能力が優れていますね。いつも、驚かされる。」

 轟は、一条の方へ行く。

「なぁに、我らとてまだ衰えていません!次には、必ず捕まえてみせますよ。」

「そうですね。」

 一条は、フッと笑みを浮かべる。


近頃、ちまたではあるチラシが出回り、ニュースでも大きな反響をもっている団体がいた。

「一条さん。また、ポストに入ってましたよ。例の宗教団体の勧誘。」

 月夜は、一条にチラシを見せる。

「ああ、なんだっけ。”神のいぶき”とか言う宗教団体だったかな。」

「そうですよ。なんでも、インドから来たらしくて、教祖のハブリナって呼ばれている奴が、奇跡の技を大衆の面前で見せて、続々と信者を増やしてるって話しですけど、胡散臭いですよね。」

「奇跡の技ねぇ。なんか、病を治したり…とか?」

 一条の問いかけに反応したのは、菖蒲だった。

「違いますよ!ハブリナは、人の前世や未来を見る事ができるんです!」

 意外と、一番信じなさそうな人間が熱弁をしたことに、一条も月夜も顔を見合わせる。

「なんか、その教祖様の肩を持つけど、何かあったの?」

 月夜の問いかけに、菖蒲は目を輝かせる。

「よくぞ、聞いてくださいました!実は、私も半信半疑で友人に連れて行ってもらって、特別に私の未来のことを見てもらったんです。そうしたら、あなたには、将来とても有望で素敵な相手が見つかるでしょうって言ってもらえたんです!」

「…あ、そう。特別にって、そんなに簡単に教祖ハブリナにホイホイ会えちゃうものなの?ますます胡散臭い。」

 月夜は、顔を歪める。その反応に、菖蒲は感情的になる。

「胡散臭くありません!教祖ハブリナ様は、このブレスレットを身につけた相手が、私の運命の相手だっておっしゃってくれたんです!」

 そう言って、二人に見せびらかしたブレスレットを見て、月夜はますます顔を歪める。

「そんな安物のブレスレットなんて、そこら辺のアクセサリーショップに売ってるよ。まさか、金を払ったりしてないよね?」

 月夜の指摘に、菖蒲は食い掛る。

「払ってません!教祖ハブリナは、無償で私にこのブレスレットをくださったんです!それに、私の頭の中だけで、ハブリナの声が響いてきたんです。”大丈夫、何も心配することはない”って!隣にいた友人に、声が聞こえたか聞いたんですけど、まったく聞こえなかったって言ったんです!彼は、本物ですよ!」

「菖蒲君。悪い事は言わないから、あまり鵜呑みにするものじゃないよ。タダほど怖いものはないんだからね?」

 一条が、そっとさとすと、菖蒲は首をすくめる。

「…は、はい。で、でも、教祖ハブリナは、私に一度も会った事がないのに、相手を探している事を見通して助言をくれたんですよ?信じたくもなります!」

「若い女が、皆相手を探していることなんて、誰でもわかるよ。」

 月夜の言葉に、またしても頬を膨らませる。

「あんたに、何が分かるのよ!」

 食い掛る菖蒲に、月夜は、やれやれとスマホの画面を見せる。

「これ。その”神のいぶき”が、信者に配っている非売品だぜ?つまり、特別とか言って、金を落としてくれそうな人間に無償で送って、自分を信じるようになったら、信者として向かい入れて教祖ハブリナの像を高く売りつけるってことだよ。そうすれば、こんな安っぽいブレスレットなんか安いもんだって。」

 月夜の、有無を言わさぬ証拠に、菖蒲は崩れ落ちる。

「お気の毒様。まあ、そのハブリナの言ったとおりに、同じブレスレットを持った信者と仲良くなれば良いんじゃない?何人いるのかは、分からないけどね。」

 月夜は、適当なことを言って、菖蒲の肩を軽く叩く。

「それにしても、よくこの霊感商法がまかり通ってるなぁ。日本でも、過去の過ちから学んでいたと思うけど…。」

 一条は、煙草を吹かしながら、新聞を広げる。すると、一面を教祖ハブリナの写真が印刷されている。そして、月夜が何気なくつけたテレビでも、大々的にその姿があった。

「ここ日本に教祖ハブリナが降り立ち、一週間が経とうとしています。その間にも、彼の周りには多くの信者が増えています。その数はとても多く、少しでもハブリナの施しをうけようと、大衆がこぞって祈りを捧げています。」

 月夜は、目を細めてテレビを消す。すると、月夜の携帯がバイブを鳴らした。

「すみません、一条さん。少し、席を外します。」

「ああ、構わないよ。」

 月夜は、事務所の外に出た。

「俺だ。どうした、李?」

「突然、電話したごめんなさいね。月夜なら、とっくに知ってると思うけど、今すごく報道されてる宗教団体のことで、知らせておきたいことがあるの。すぐ、こっちに来れる?」

「分かった。」

 月夜は、一条に一言伝えると、情報屋の李の元へ行った。


 李は、資料を集めて待っていた。

「月夜。宗教団体の神のいぶきは、とんでもないお宝を隠し持っていたわ!」

「お宝⁉」

 月夜は、嬉しそうに身を乗り出す。

「ええ。その名も、”灼熱のブラッドダイアモンド”」

 李は、赤い色をした宝石の写真を見せる。月夜は、その写真を手に取る。

「教祖ハブリナは、祈りの儀式の時にこの宝石を後ろに掲げて、数々の信者たちの心をとどめていると言うわ。全ては、この宝石が導き出してくれると言っているらしいわよ。皆、この輝きは、ハブリナの奇跡と崇めているって話し。でも、それを拝むことが出来るのは、ごくわずかな信者のみ。上層部の人間じゃないと、見ることもできないらしいわよ。」

「え?ちょっ、ちょっと待て。信者は、皆ハブリナの像を拝んでるんじゃないのか?」

 月夜は、スマホで見たハブリナの像を思い出す。

「ああ、それね。上層部ではない人間に買わせている非売品よ。何故か、そのブラッドダイアモンドの存在は、ごく一部の人間しか知らないみたいよ。詳しく知るには、状況を判断するしかないんじゃないかしら。」

 月夜は、宝石の写真をひらひらと振りながら、目を細める。

「なぁ~んか、ごく一部の人間にしか知られたくない情報を持ってそうだな。」

「都合のいい事に、月夜は今探偵事務所に勤めているでしょ?うまい具合に、裏情報を流しておいたから、時期にお仕事が舞い込んでくるわよ。」

「さすが、仕事が早いなぁ李!助かる。じゃあ、その裏情報が手に入ったら、いつもの調子で頼むよ!」

 月夜は、写真を上にあげる。

「分かったわ。任せておいて!」

              ※

 教祖ハブリナは、多くの信者の前で、左手を掲げて説法していた。

「神の子たちよ。祈り、強く願うのだ。さすれば、宇宙の彼方へ導かれる。我の元に集え。共に、旅立とうではなか、神の息吹が届く天上の彼方まで!」

「ああ、教祖ハブリナ…!」

 信者たちは、ハブリナが輝いて見えて、感動で涙を流す者までいた。そして、ハブリナを奉った。だが、そんなハブリナの元に、一人の幹部と思われる人物が一人行き、そっと耳打ちする。途端に、ハブリナの表情が真顔になる。

「…怪盗、シルバー?」

「いかがいたしますか?」

 ハブリナは、信者たちに背を向ける。

「教祖ハブリナ、もう行ってしまわれるのですか?」

 信者たちが、不安そうな顔になる。それを見て、ハブリナは再び信者たちのほうに顔を向ける。

「心配いたすな、我が同胞たちうよ。思いは、いつも一つであるぞ!」

 ハブリナは、そう言うとワハハと笑いながら踵を返した。

「フリックス。天は、我の味方になったぞ。」

「はっ!」

 側近のフリックスは、頭を下げる。


 一条探偵事務には、5人の男女が行方不明になったということで、調査依頼がきていた。

「内々に、調査依頼がきた。この行方不明者たちは、皆あの宗教団体”神のいぶき”に関わっていたということだが、今のところ共通していることはそれぐらいだ。そして、5人の行方不明者たちは皆、”自分たちの明るい未来を予言してくれた”と言い、教祖ハブリナに心酔していき、家に帰ることがなくなったということだ。だが、その行方不明者の安否は、まったく分からないという。というのも、選ばれた人間だけが、その教祖ハブリナの居る建物へ入ることが許されるということだ。」

『なるほど。李が仕掛けたものは、これだったか。』

 月夜は、ニヤリとする。

「ならば、潜入捜査ですか?」

「そうだね。まずは、現場を見て行方不明者の捜索だ。轟警部の話では、警察は深入りすることができないらしい。事件の疑いがないと、関与することができないと言っていた。だから、私に証拠を見つけ出してきてほしいと言伝を言い使っている。」

 月夜は、5人の写真を見る。

「その建物に入るには、どんな資格が必要になるんですか?」

「それは、菖蒲君に聞いたほうが早いよ。」

 一条が、笑って菖蒲のほうを顎でしゃくる。菖蒲は、突然タイピングの手を止めて、一条たちのほうを

見る。

「え?私…ですか。」

 一条が、菖蒲を指名したのもわかる。菖蒲は、なんだかんだ言って、まだあの非売品のブレスレットをつけていたのだ。

「君は、一体どうやってそのブレスレットを手にできたの?」

 一条と月夜は、菖蒲の顔を見る。菖蒲は、うっ、とうなり、長い髪を耳にかけた。

「えっと、ですね。私の友人である子が、私に助言してくれたんです。あなたの暗い未来を変えてくれるのは、教祖ハブリナしかいないって…。」

「それだけ?」

 一条と月夜は、顔を見合わせる。

「な、なんか、彼女が言うには、左手や腕に黒子ほくろがあると、この世をうれいている人間だという証になるらしいです。」

「黒子…ねぇ。」

「言われてみれば、菖蒲さんの左手の甲に一つあるねぇ。」

 一条と月夜は、互いに自分の手を見る。

『無い。』

 月夜は、テーブルに置いてあるマジックペンを手に取る。そして、ポツンとつける。どうやら、一条も同じことを考えていたらしく、自分の左腕に、ポツンと描いた。

「決まりだね。」

「そうですね。」

 二人は、チラシに書いてあった建物の前を、何気なく左向きに歩いてみた。一条など、わざと腕まくりをしていた。

「ああ、なんか今日は暑い日だねぇ月夜君。」

「そうですね、一条さん。」

 二人とも、棒読みで、建物の前で立ち止まる。すると、入口にいた何人かの信者が、あっ、と目を見開く。

「あなたたち、憂いの相が出ているわよ!」

「教祖ハブリナに、見ていただいたほうが良い!」

 一条と月夜は、ニヤリとする。

「おや。憂いの相とは一体なんですか⁉」

「教えてください!」

 信者たちは、自慢げに言う。

「左の手や腕に黒子があると、宇宙の先に行けなくなってしまうんだ!」

「だから、私たちは消えるまで教祖ハブリナに祈りを捧げている。教祖ハブリナに、あなたたちの明るい未来が見えれば、自然と憂いの相が無くなり、共に天上へ行くことができるんだ!だから、教祖ハブリナにお会いすると良い!」

 信者たちは、完全にマインドコントロールされていた。だが、このような好機を逃すわけがなかった。

「私たちのようなただの通りすがりが、教祖ハブリナにお会いすることができるのですか⁉」

 一条は、おどけて見せる。

「教祖ハブリナは、地球に住まう者皆兄弟だとおっしゃっている。その兄弟たちと共に、宇宙の先にある天上まで行くことを望んでおられる!」

「通りすがりの君たちも、また我々の兄弟ということだ!」

「教祖ハブリナは、快く導いてくださる!」

 月夜は、両手を合わせて感激して見せる。

「そんな!かの有名な教祖ハブリナに、直接お会いすることが出来るなんて恐縮ですよ。」

「我々が、教祖ハブリナの元へ案内しよう。遠慮することはない兄弟!」

 信者たちの左腕には、色が違うブレスレットがしてあった。そのことが、どんな意味をしているのかはまったくわからない。だが、菖蒲がしていたピンクのブレスレットとは違って、更に濃い血の色に近い色をしている事に気が付く。

「では、教祖ハブリナに導いていただきましょう。」

 潜入は、意外とあっさりなった。

              ※

 二人は、信者たちに連れられて、建物の中になんなく入ることができた。そこに待ち構えていたのは、あの鉄骨で固めていた二階建ての建物とは不釣り合いの、地下階段がある場所だった。一条と月夜は、互いに少し頷きながら様子を見ていた。そして、連れてこられたのは地下の広い聖堂で、その部屋の壁には、ハブリナの自画像の絵が飾られていた。

『なんだ。像じゃないのかよ。』

 月夜は、あの非売品を思い出す。すると、しばらく経ってから、シャンシャンと鳴らした黄金の杖をついたハブリナが姿を現した。二人は、緊張する。信者は、おおっ、と歓声の声をあげる。

「教祖ハブリナよ。今日も、迷える憂いを残した兄弟を連れて参りました。どうか、御慈悲をお与えください。」

「うむ。」

 信者たちが頭を下げると、ハブリナが頷いた。そして、鋭い目で一条と月夜を交互に見渡した。自然と、緊張感が走る。そして、まずは一条の前に歩んでいった。

「…あなたは、なるほど。我を見定めにきたのですね。」

 ハブリナの言葉に、信者たちはどよめきの声を上げる。だが、一条はいたって冷静だった。

「どうやら、過去にも来世にも、それほど恵まれることは難しいでしょう。ですが、安心なさってください。我の力を分け与えるとしましょう。さすれば、共に宇宙の先の天上に向かうことができます。」

「分け与えるとは?」

 一条の質問に、ハブリナはニッコリとほほ笑む。そして、側に居た従者にあるものを持ってこさせた。

「このブレスレットを、我の力の源と思い、大切につけていてください。そして、そのブレスレットが力を増した時、目に見えるほどの変化を見せることでしょう。」

 そう言うと、近くに待機していた従者二人が、一条のほうへ歩み寄り、ピンク色のブレスレットを左手首につけた。

「それは、ありがとうございます。」

 一条は、一瞥いちべつする。そこまでは、想定内だった。だが、不測の事態に落ちる。

「あなたは、他の信者と共に、祈りの間にて憂いの相である穢れを浄化してください。」

「は、はあ…。」

 一条と月夜は、チラリと目を合わせる。すると、ホブリナは今度は月夜の前に歩み寄った。その頃には、一条は部屋を出て行っていた。

「…あなたは、更なる浄化が必要だ。非常に、憂いを残している。これは、早急な祈りを捧げなくてはいけません!」

「え?」

 ハブリナの言葉と同時に、二人の信者が月夜の左腕を掴み、左手首に一条とは違う血の色に近い赤いブレスレットをつけた。

「すぐに、彼を別室へ!」

「はい。」

 信者たちは、月夜の肩を両サイドで掴み、ハブリマの進んでいく先へ連れて行った。

「え、ちょっ、ちょっと!どういうことだ⁉」

 月夜は、戸惑いを見せながらも、更なるこの宗教団体の内部に進むことができたことを喜ぶ。

『良い機会だ。教祖ハブリナの、化けの皮を剥いでやろうか!』

 心の中で、そう思っていると、不意にハブリナがフッと笑いながら歩みを進める。

「化けの皮…ですか。良いですよ、青年。」

「⁉」

 月夜は、心の中を読まれたことに、ドキッと緊張が走る。更に、ハブリナは自分の正体を知っていたような言動を言い当てた事に、睨みを見せた。

「…なるほど。それが、神の御業ってところか。」

 ハブリナは、はっはと笑う。

「人には、心のよりどころが必要不可欠だ。そのために、我が神となりて兄弟たちを導く。それが、私に与えられた使命なのだよ。この神の力をもって、君を導いてやろう。」

 月夜は、目を丸くする。ハブリナは、知っていて一条と離れさせたのだ。そんなやり取りをしているうちに、更なる奥へと進んでいった。そこには、大きなブラッドダイアモンドが掲げられてあった。

『…あれが…!』

「そう、これがあなたの狙っている”灼熱のブラッドダイアモンド”です。」

 その大きさは、サッカーボールぐらいあった。そして、なにより奇妙だったのは、その宝石に赤い液体がポトポトと滴り落ちていることだった。月夜は、恐る恐る天上を見上げる。すると、大きな網の中に、行方不明者5名と思われる朽ち果てた姿が重なっていた。そして、左腕には、血の色をしたブレスレットをしていた。

「…なるほど。以前、どこかのホルマリン漬けにした爺と同じ匂いが、プンプンにおうぜ!」

 月夜は、虫唾が走り両サイドで肩を押さえていた信者を振り切る。すかさず、ハブリナが声をかける。

「これは、神に捧げる神聖なる儀式だ!憂いを帯びた人間を、こうして宇宙の天上へと導いているのです。フリックス。」

 側で仕えていたフリックスは、トンファーを振り回し、月夜に襲い掛かってきた。動きは、とても速かだったが、避けられないほどではなかった。

「はっ!その程度かぁ?」

 月夜は、挑発する。すると、フリックスは、トンファーを投げ捨て、自国の武術を披露した。月夜は、面白いと笑ってかわしていった。そして、月夜は潮時だと思い、距離をとった。

「今日のお遊びは、ここまでにしようか。お互い、知られたくない秘密同士だが、俺は人を殺す殺人者ではない。またいずれ、その”灼熱のブラッドダイアモンド”をもらい受けにくる!偽善者ぶった殺人者に、慈悲をくれてやるつもりはないんでな!」

 月夜は、そう言うと入口にいた信者二人をなぎ倒し、外へ続く通路を走っていった。そして、建物のエントランスに差し掛かったところで、一人の声が響く。

「月夜君!」

 月夜は、はっとする。

「一条さん。ここを、すぐにでも出ましょう!説明は、後で!」

「ああ、分かった!」

 月夜たちは、急いで”神のいぶき”の建物から出て行った。

             ※

 あれから、一週間が経とうとしていた。事務所の周りや出先には、怪しい人物たちが見張りをしたり、通りすがり際に、思考盗聴をして「お前の考えていることはお見通しなんだぞ」と言う風に、ほのめかしをする人間が増えていた。おかげで、一条探偵事務所は集団ストーカーたちに見張られるはめになってしまっていた。月夜は、事務所の窓にカーテンがしてあるところ、外をチラリと見て溜息を吐く。

「困りましたね。完全に、僕たちマークされてしまっていますよ。」

「最近は、あれらのような集団ストーカー被害、テクノロジー犯罪が増えてきているらしいよ。どういうわけか、神のいぶき団体だけではなくて、一般の人間までもがストーカーに加担しているって話だ。」

「え?宗教団体の連中だけじゃあないんですか?」

 月夜は、驚きの声をあげる。

「警察のホームページや、一般のSNSの投稿を見てみるといい。私たちは、ここ最近この犯罪に巻き込まれたけど、もっと前からこの集団ストーカー犯罪テクノロジー犯罪に巻き込まれている被害者たちが増えている。」

 新聞を読んでいる一条に言われて、月夜はスマホを見る。

「…なるほど。確かに、被害届を出している人たちが、20年前から増えていますね。」

「始めは、それこそこの犯罪が認知されることがなくて、”このようなことを言った人間は、統合失調症の患者だ”と、デマの情報が出回っていたという。そして、精神的に追い込まれた人間が何人も命を絶っている。」

 月夜は、顔を歪める。

「質が悪いですね。」

「まあね。今の時代になったからこそ、この集団ストーカー、テクノロジー犯罪が解明されているけど、以前に命を絶ってしまったひとたちのことを考えると、いたたまれないよ。」

 月夜は、あの時にハブリナに心を読まれた時の事を考えた。

『ここは、専門家に聞いてみるか。』

 月夜は、夜中になりフューに連絡することにした。


「ああ、それね。思考盗聴。」

「思考盗聴?そんなことが、可能なのか⁉」

「可能だ。闇市場では、20年前からその機械がものすごい数出回っているぜ。闇バイトの連中に、携帯から発信させて、一般人にターゲットの思考を読ませて、ほのめかしをする。あるいは、考えていた物。例えば、ターゲットが頭の中で”スイカ”なんて考えたら、ターゲットの通過する道に先回りして、三つのスイカを置いておく、なんてな。当時は、自分が気がふれてしまったのだと考えて、命を絶った人間が100人以上いたらしいぜ。その他に、V2Kが流通している。当時は、試作段階だったが、今では骨伝導で特定の人間にだけ声を聞こえるようにすることなんか、造作もないことだ。」

 月夜は、はーっと息を吐く。

「なるほど。種を明かすと、簡単なものだな。」

「それこそ、今ではようやく日本の警察も重い腰を上げてきたって話だ。今では、集団ストーカー犯罪、テクノロジー犯罪と大々的に注意勧告してる。ただ、宗教団体神のいぶきや、教祖ハブリナの信者の数が多くて、日本の警察だけでは取り締まることが難しいらしい。国際問題になりかねないと、警察のトップや、とある政治家が圧力をかけて、これ以上問題にしないらしい。」

 電話越しに、フューの溜息が聞こえる。

「日本の警察は、縦社会で構成されているからな。」

「それはそうと、お前今携帯で話をしてないよな⁉」

「してないよ。スマホがハッキングされていることは、画面のバグで分かったからな。だから、こうして無線機を使って連絡してるんだろ?」

 フューは、また溜息を吐く。

「お前が、賢明で良かったよ。で、いつ頃仕事にとりかかるんだ?」

「明日だ。あの、血みどろになった宝石を盗んで、大切な福祉の貢献をさせてやる!」

「そうこなくちゃな!」

 月夜は、思いをあらたにした。突如、部屋のドアをノックする音が聞こえ、無線機をしまう。

「入ってもいいかい?」

「は、はい!」

 一条は、髪の毛を拭きながら顔をのぞかせる。

「月夜君。珍しいね、自分の部屋にいるなんて。」

「す、少し副業の方に連絡を入れていたので、ご迷惑をおかけしてしまうと思って…。」

「別に、私のところでかけてくれてもいいのに。」

 近頃は、一条の部屋で眠ることが当たり前になっていたため、一条は違和感を感じたらしい。

「ありがとうございます。でも、一条さんの部屋では…。」

『プライベートは、別にしたいんだよなぁ。』

 すると、一条は月夜を抱きかかえる。

「え、え⁉」

「もう、用は済んだんだろ?」

 細マッチョな体つきをしている一条の力強さに、月夜はドキッとしてしまう。

「は、はい…。」

 顔が赤くなるのがわかり、自然と目をそらしてしまう。すると、一条は顎を向かせてキスしてくる。

「なに、今更恥ずかしがってるんだい?」

「そ、そう…なんですけど、なんか…。」

 一条は、迷わず自分の部屋に歩いて行く。だんだんと愛情表現が大胆になってきた一条に、心を乱されてしまう自分に翻弄されてしまっていた。

            ※

 一晩経ち、血まみれになっている灼熱のブラッドダイアモンドの前に、ハブリナの姿があった。

「なかなか遅かったですね、怪盗シルバー。」

 ハブリナの後ろには、近くにいた信者たちを倒したシルバーの姿があった。

「あまり、待たせるつもりはなかったんだけどね。しつこいあんたのお仲間たちが、俺の尻を追っかけ続けるもので、準備に手間取っただけだ。」

 シルバーの言葉に、ハブリナはフッとほほ笑む。

「今宵、ようやくあなたの憂いで染まった血をもらいうけ、このダイアモンドは完成される。」

 顔を向けたハブリナの目は、凶器に満ちていた。

「へえ。俺を、殺そうっていうの?」

 シルバーは、おどけて見せた。

「フリックス。」

 ハブリナが声をかけると、フリックスはスピードを上げて襲い掛かってきた。手には、鋭利な刃物を持っていた。それを、シルバーは軽く避ける。

「お前の太刀筋は、もう見てるよ。」

 シルバーの言葉に、ハブリナはフンと鼻を鳴らす。すると、避けたはずなのに、頬に少しの傷がつく。

『何⁉』

 シルバーは、一旦後ろに引く。

「以前のフリックスは、本気を出してはいない。それに、フリックスは、剣舞を使うことに優れているのだよ。」

「なるほど。最初から、俺の見解を狂わせるために、トンファーやら体術を披露してくれたってわけね。」

 間髪入れずに、フリックスは襲い掛かってくる。スピードが徐々に速くなり、シルバーは避けるのがやっとになっていた。手足にも、傷がつく。

「くっそ!なら、こうすればいいだろ!」

 シルバーは、上着を脱ぎ剣に巻き付ける。そして、思い切りへし折った。更に、フリックスの顔面に一撃蹴りを食らわせ、クリティカルヒットさせる。フリックスは、壁にのめり込む。それを見て、ハブリナが目を見開く。

「ほう。フリックスを倒すとはな。だが…。」

 あれだけの傷を負っておきながら、フリックスは立ち上がる。

「なっ…!」

「フリックスには、神の加護があるのだよ。」

 フリックスは、右頬を晴らしたまま向かってくる。シルバーは、フリックスの攻撃を避けながら、いつの間にか壁に追い込まれていた。

『ヤバッ!』

 シルバーは、後頭部に思い切り蹴りをくらった。そして、あまりの衝撃に地面に転がり、脳震盪を起こす。意識がはっきりせず、起き上がろうとするがキーンと耳鳴りがなり、うまく立ち上がることができない。

「勝負、ついたかようですね。」

 シルバーは、フリックスに引きずられて、ハブリナの前に転がされる。

『は、…早く、立ち上がらねぇと…!』

 そんなシルバーの姿を見て、ハブリナはフリックスから剣を受け取り、振り上げる。

「さよなら、怪盗シルバー。」

 だが、その剣先はシルバーに届くことはなかった。突如、多くの警察が入ってきたのである。

「教祖ハブリナ、大量殺人の容疑で逮捕する!」

「なっ…!」

 予想外の展開に、ハブリナは固まる。

「なぜ、お前たちのような者が入ることができた⁉」

「残念ながら、あなたを擁護してくださっていた議員の方は、先ほど捕まりました。行方不明者たちのことも、ちゃんと証言してくださいましたよ。」

 姿を現したのは、一条だった。

「そういうことだ。観念するんだな!」

 轟が、声をあげる。ハブリナと、フリックス。そして、気を失っていた信者たちも手錠をかけられる。一斉逮捕が終わり、轟は横に立っていた人物に声をかける。

「君のおかげだよ、一条君。…あれ?一条君。」

 轟は、辺りを見渡すが、まったく姿が無くなっていた。















 一条は、一人の人物を抱えて走っていた。それは、誰あろう怪盗シルバーだった。

「…な、なんで…?」

 シルバーは、ようやく意識がはっきりしてきて、事態の把握をする。

「君には、以前絵画の件で借りがあるからね。ライバルに、借りを作るのは、私のポリシーに反するから、多めに見てやるのさ。」

 一条は、茂みに隠れて一息つくと、座り込む。息の上がっている彼を見て、シルバーはほほ笑む。

「甘いですね、名探偵。でも、今回はあなたに助けられました。ありがとう。」

 シルバーは、軽く一条の頬にキスをする。

「っ…!」

 一条は、驚いて体を硬直させる。

「また、お会いしましょう。」

 シルバーは、颯爽に姿を消した。その手には、灼熱のブラッドダイアモンドが持たれていた。

「…これは、一本取られた。」

 一条は、キスされた頬を触って座り惚けてしまった。



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