第12話 マノロ
腹立たしい。
どれだけ試しても。
声が、この人間の頭まで届かない。
マノロは、アレックの頭の中を歩き回る日々が恋しかった。
あの頭の中にいた時間は、ずっと混沌としていた。
それでも。
そこには、ある種の美しさがあった。
今はユルの頭の中を歩いている。
まるで違った。
なぜ千年ものあいだ、誰ともつながれなかったのだろう。
歴代の行政官たちの頭は、どれも同じだった。
今歩いている、この頭によく似ている。
誰も彼の声を聞かなかった。
誰も彼を使わなかった。
灰色の廊下。
その先も灰色の廊下。
考えていることも。
向いている方向も。
形も違う。
それでも。
すべて灰色。
すべて反復。
すべて予測できた。
何世紀ものあいだ、誰とも話せなかった。
象徴として使われ。
構造として使われた。
その何世紀ものあいだ。
改革は一度もなかった。
それでも制度は機能していた。
マノロはただ。
日常が永遠に繰り返されるのを見ていた。
押印。
また押印。
あらゆるプロトコルが、極限まで守られる。
改革はない。
何世紀も前、自分が戦おうとした宗教によく似ていた。
周囲で起きていることは感じ取れた。
音を聞き。
手触りを感じ。
ある程度なら、光もわかった。
誰かの頭の中にいないとき。
マノロは虚無の中にいた。
そこは、彼が望んだもので満たすことができた。
最初の五百年ほどは。
とても楽しかった。
ある日。
楽しくなくなった。
新しいものを作ることを、頭そのものが拒み始めたようだった。
何度も。
同じ道へ連れ戻される。
その時間の大半を、マノロは眠るように過ごした。
何かを待ちながら。
決して来ない何かを。
そして。
自分が成し遂げたことを、何度も確認しようとしていた。
自分は素晴らしい仕事をした。
混沌を封じ込め。
形を与え。
変換した。
エルティデール全土で、最も優れた魔導技師。
混沌を理解するまでに、何年もかかった。
封じ込めるまでにも。
扱えるものへ変えるまでにも。
そして。
極限まで凝縮することで。
魔法という力を作り出した。
この世界には、それまで存在しなかったもの。
その魔法によって。
変革を加速させることができた。
人々の暮らしから。
混沌は少しずつ消えていった。
自分一人で。
暴力を殺した。
無秩序を根絶した。
この世界は。
カーキ色の世界だった。
以前なら、灰色と言っただろう。
だがアレックと触れ合ったことで。
考えが変わった。
コンクリートが生きているなど。
考えたこともなかった。
アレックが、自分の高校を見せてくれるまでは。
コンクリートの柱。
ベンチ。
植え込み。
その多くには木が植えられていた。
きれいな紫色の花を咲かせる木。
そして。
もっと奇妙な。
手の形をした花を咲かせる木。
カアシュはそれを眺めていた。
空気にはペトリコールの匂いが漂っていた。
アレックが、それをあまりにも当たり前のものとして見ていることが不思議だった。
もっとも。
アレックも同じだった。
こちらの構造と秩序に驚いていた。
カアシュは。
初めてアレックの心へ入ったときのことを思い出した。
最初に現れたのは、一つの居間だった。
ソファが置かれている。
唯一の飾りは。
官能的な赤毛の少女を大きく引き伸ばし、加工した写真。
カアシュは家の中を歩こうとした。
だが驚いた。
小さい。
家具も簡素。
外へ出る扉すら見当たらない。
飾りと呼べるものは。
金色の装飾が入った黒いテーブル。
そして。
さまざまなポーズを取る赤毛の少女の写真だけだった。
最初のころは。
そこを二、三度歩き回ることしかできなかった。
外へ出られない。
カアシュは、この単純な頭に飽き始めていた。
そのとき。
ありえないことが起きた。
千年ぶりに。
誰かが魔法を使った。
アレックが。
しかも。
干し肉の束にライムをかけるために。
カアシュは偶然だと思った。
だが。
確かめるために。
それからアレックの心を歩き始めた。
最初は単純に見えた迷宮。
そこには、隠された構造があった。
最初の家から抜け出せる。
小さな隙間。
シャワーの中へ入ったとき。
書斎が現れた。
机の上には家族写真。
まだ若いアレック。
その隣には、おそらく両親だと思われる二人。
部屋には本が何冊もあった。
印刷された文字の本。
そして。
アレックが勉強に使っていたノート。
別の家は偶然見つけた。
下着姿のミシェルが写った写真を裏返したときだった。
突然。
部屋いっぱいに、色鮮やかな具象画が現れた。
花。
さまざまな色の家具。
コンロの向かいにある棚には。
一人の男性がいろいろな場所で撮った写真が並んでいた。
顔立ちを見るかぎり。
アレックの父親らしい。
だが。
カアシュが一番好きだった場所は。
食器棚の二重底の向こうにあった。
初めてそこを通り抜けたとき。
青い絵付けタイルのある台所に出た。
香辛料の匂い。
そして。
喉を刺激する何か。
巨大な鍋の前で。
一人の女性が、スープのようなものに塩を入れていた。
ポソレ。
そう呼ぶらしい。
女性はカアシュを見ると。
微笑んだ。
そして。
テーブルの横の椅子を指差した。
カアシュは座った。
少しすると。
目の前に、大きなポソレの皿が置かれた。
トウモロコシとスープの香り。
口の中に唾液が溢れた。
「これを入れなさい。ラディッシュ、玉ねぎ、アボカド。それからオレガノを忘れないでね。唐辛子は少し入ってるからね」
女性は、材料を一つずつ指差した。
それから。
またコンロへ戻った。
カアシュは素直に言われたとおりにした。
そして。
食べた。
五百年ものあいだ無視され続けたあと。
自分の体を感じた。
それと。
口の中に走る痛み。
なのに。
なぜか心地よかった。
カアシュは目を閉じ。
ポソレを食べ続けた。
涙が頬を流れた。
背筋を震えが走る。
肌が粟立った。
自分が作ったものでは。
もう、こんなことは起こらなかった。
時間が経てば。
すべて予測できるようになる。
退屈になる。
同じ物語を。
二十通りに語り直しただけ。
それにしても。
このポソレはうまい。
アレックの祖母と、何時間も話した。
優しく。
穏やかで。
愛情に満ちていた。
神々しいほどの人間。
生きていた。
それなのに。
存在していなかった。
すべて。
アレックが作ったものだった。
どれほど楽しくても。
どれほど魅了されても。
カアシュには。
アレックを秩序へ戻す必要があった。
理解させなければならなかった。
混沌によって意識を失ったときを利用した。
自分の主張を証明しようとする者の。
完全な確信をもって。
自分自身を納得させながら。
アレックとの心の中での戦いの、まさに最中。
加工された赤毛の少女の写真を思い出した。
不快なものを消すため。
自分の現実そのものを加工する。
より良い世界にいると思わせてくれるよう。
都合の悪いものを動かす。
数時間後。
アレックはマノロを使って。
世界を変えた。
マノロは少し創作的な自由を使い。
意識を失うのは二週間だ、とアレックに告げていた。
ただ。
アレックの考えていることの大きさを、すでに見ていたからだ。
どこまでやるつもりなのか。
わかっていた。
混沌をナノマシンへ変換する。
身体を本来あるべき最適な状態へ組み直すナノマシン。
それは、あの病院にいた人々を救っただけではなかった。
治療する相手がいなくなると。
別の身体を探した。
そしてまた。
次へ。
たった一つの。
単純なアイデア。
それだけで。
世界は完全な健康を手に入れた。
少なくとも。
混沌が尽きるまでは。
そのころまでに。
ナノボットは何百万人もの命を救っていた。
そして。
カアシュの世界は。
ゆっくりと。
再びエルティデールへ変わり始めていた。
そのあいだ。
マノロはまたアビと料理をしていた。
あの機械にも負けないほど美しい奇跡を。
二人で作りながら。
まあ。
あれほど雄弁ではなかったかもしれない。
だが。
間違いなく、こちらのほうがうまかった。
誰を騙そうとしているのだろう。
マノロは座って。
食べて。
話していただけだった。
そして。
再び。
暗闇が来た。
また一人になることを想像して。
マノロは震えた。
だが。
突然。
長い廊下。
開かない扉。
数字。
構造。
理解するまで少しかかった。
だが。
すぐに気づいた。
アレックではない。
ここは。
ユルの中だ。
マノロは何日も。
その廊下の構造を解読していた。
秩序がある。
規則がある。
明確な論理がある。
その構造を作ったのが自分だと気づくまでには。
ほとんど時間がかからなかった。
だが。
その秩序と。
自分が作った秩序との。
微妙な違いに気づくまでには。
もう少し時間が必要だった。
明文化されていない場所。
そこを。
ユルは創造に使っていた。
規則を破らず。
その隙間へ入り込む。
入る部屋によって。
違う色の照明を使う。
あるいは。
規定の文書に何も指定されていない余白へ。
くるくるとした飾り模様を描く。
ユルはそれを美しいと思っていた。
芸術的だとは。
一度も思っていなかった。
マノロには明らかだった。
これが。
自分の作った構造の代償なのだ。
それでも。
その構造の内側で。
規則を一字一句守りながら。
この女は現れた。
自分を芸術家と呼ぶことすらできない。
芸術家。
そして。
世界そのものに。
同じことをしていた。
制度そのものに。
もし。
話すことさえできれば。
声を届けようとするたび。
彼女の心は中心から遠ざかっていった。
一人でいるとき。
不安なとき。
悲しいとき。
マノロはそばにいた。
一人ではない、と言った。
それでも。
笑いの混沌が現れた。
その一瞬だけ。
彼女と話すことができた。
アレックのもとへ。
自分を連れて行かなければならないと。
伝えることができた。
その後の数日間。
マノロは。
一つの窓辺に留まることができた。
すべてが起きていくのを。
ただ見ながら。
自分が動ける瞬間を。
待っていた。




