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第2章 「密命の名はEМプロジェクト」

 お目当てである支局長室のフロアに、エレベーターは滞りなく到着したの。

 そうしてカゴから降りた私は、実に意外な人物に出迎えられたんだ。

「御疲れ様です、吹田千里少佐。貴官の御越しを御待ち申し上げておりましたよ。」

「き、貴官は!東条湖蘭子上級大佐!?」

 緑色のジャケットと黒ミニスカで構成された教導服に包まれた優美な肢体に、ポニーテールに結われた綺羅びやかな金髪とも相性良好な貴婦人を思わせる上品な美貌。

 そして何より、コンパクトな携行モードで教導服の黒ベルトに装備されたハルバード。

 それは正しく、この堺県第二支局の幹部将校であらせられる特命教導隊所属の東条湖蘭子上級大佐の御姿その物だったの。

「御疲れ様です、東条湖蘭子上級大佐!自分は元化二十二年度配属の吹田千里少佐であります!」

 個人兵装であるハルバードの巧みな取り回しから特命遊撃士時代には「斧槍姫(ふそうき)」の異名で武名を内外に轟かされた東条湖蘭子上級大佐は、私にとって憧れの上官殿の御一人だよ。

 だから握った右拳を左胸に力強く押し当てる人類防衛機構式の敬礼姿勢にも、自ずと力が入ろうって物だよね。

 とは言えそれは、「私なんかまだまだヒヨッコだなぁ…」って改めて痛感させられちゃう事を意味しているんだけど。

 優雅ささえ感じさせる折り目正しい気品と毅然とした凛々しさが共存する東条湖蘭子上級大佐の敬礼の洗練具合を目の当たりにしてしまうと、どうしてもね。

 東条湖蘭子上級大佐の域に達するには、少なくとも勤続二十年を越えるベテランにならなくちゃいけないね。

 私なんかがあの風格を出すには、長年の輝かしい戦績と高い練度に裏打ちが必要だろうな。

「昇級おめでとう御座います、吹田千里少佐。新人少佐対象の合宿研修の直後に参加された和歌山市沖での特定外来生物掃討作戦においては、和歌山支局の特命遊撃士と協力して見事な武勲を上げられましたね。その勇猛さは正しく、防人乙女の誉れで御座いますよ。」

「はっ、東条湖蘭子上級大佐!御褒めに与り恐悦至極に存じ上げます。この吹田千里少佐、より一層の誠心誠意努力に務める事を誓う所存であります!」

 しかも東条湖蘭子上級大佐は、こうして私達の近況をシッカリと把握されているのだからね。

 部下として励みになる事は言うまでもないよ。

 私もゆくゆくは、こんな優しくて部下に慕われる幹部将校になりたいよね。

 だからこそ私は、敬愛する上官殿の三歩後ろを歩きながら意欲と使命感に燃えていたの。

 幹部将校であらせられる東条湖蘭子上級大佐も関与されている密命ならば、それはきっと非常に重要で尚且つ困難を伴う大任であるに違いないね。


 そんな武者震いを抑えながら入室した支局長室で私を待っていたのは、予想を遥かに上回る重さの密命だったんだ。

「左様で御座いますか。来日された愛新覚羅麗蘭第一王女の公務を成功させる為の護衛任務と、不穏分子である紅露共栄軍の殲滅作戦…それが此度の『EМプロジェクト』の概要でありますか。」

 復唱を行う私の声は、自分でも驚く程に緊張で固くなっていたの。

 アジアの立憲君主制国家である中華王朝が日本に対して極めて友好的な親日国だって事は、わざわざ改めて言わなくて良いだろうね。

 何しろ前身である大清帝国最後の皇帝となった宣統帝は辛亥革命以降は天津の日本租界で過ごされていた訳だし、宣統帝の孫娘にして中華王朝初代女王であらせられる愛新覚羅紅蘭太王太后陛下は御即位以前は神戸で華僑令嬢として過ごされていたのだから。

 そうした代々の御縁もあり、今上の愛新覚羅芳蘭女王陛下の御息女にして中華王朝次期天子であらせられる愛新覚羅麗蘭第一王女殿下もまた親日家でいらっしゃる事は、日本人として非常に名誉な事だよね。

 だからこそ私としても、愛新覚羅麗蘭第一王女殿下には日本での公務を安全安心に執り行って頂きたい訳だよ。

 だからこそ、国際秘密テロ組織の紅露共栄軍は大きな懸念材料なんだよね。

 この紅露共栄軍って組織、元々は名前通りに中華王朝建国以前に壊滅した社会主義国家の残党と軍閥を母体にした反政府組織らしいんだ。

 だけど国連の掲げる国際秩序を否定する連中を人員を拡充する為に見境無く受け入れた事で、結成当初のイデオロギーであるマルクス思想に基く社会主義は早々に曖昧になっちゃったみたい。

 とは言えかつて存在していた社会主義国家と入れ替わる形で建国された中華王朝と帝政ロマノフ・ロシアに対する敵愾心だけは共通認識としてあるみたいで、主にアムール川流域周辺で両国に対して無差別テロを仕掛けていたんだ。

 そうして中華王朝政府軍と紅露共栄軍との間で多発した軍事衝突が火種となり、黒竜江流域を主戦場とした「アムール戦争」が勃発してしまったんだよ。

 人類防衛機構の前身である大日本帝国陸軍女子特務戦隊の園里香上級大佐と中華王朝政府軍の司馬花琳上将軍の卓越した指揮により、この長きに渡る戦争は国際秩序の正義が見事に勝利した。

 しかしそのまた残党や思想的継承者が忘れた頃に勃興する事があって、本当に厄介なんだよね。

 此度の愛新覚羅麗蘭第一王女殿下の来日で何かをやらかそうと企てている連中も、そうした手合いな訳だよ。

 全く、困った物だよね。

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― 新着の感想 ―
悪というのは雑草の根っこくらい厄介ですよね。 もいでももいでもまた生えてくる。 今回の事件を解決しても似た思想の組織が生まれる可能性もあるけど。 それでもね、平和のためにも戦わなければね。 それは…
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