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夫に「ただの主婦」と言われた私、実は誰かの人生を変えていた  作者: すみれ


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第71話 聞かなかったこと

翌朝。


目を覚ますと、


隣はもう空いていた。


リビングへ行くと、


夫がコーヒーを飲んでいた。


「おはよう」


「おはよう。よく寝てたな」


「昨日遅かったからね」


私は椅子に座り、


夫の向かいに置かれたトーストを見る。


「私の?」


「うん」


「ありがとう」


トーストを一口食べる。


いつもと変わらない朝だった。


昨日のことが嘘みたいに、


夫は新聞を読んでいる。


しばらくして、


新聞をめくる音が止まった。


「なあ」


「ん?」


夫が顔を上げる。


「昨日の話なんだけど」


私はコーヒーを置いた。


「まだ続くの?」


「いや」


少し笑って、


夫は首を振る。


「一つだけ聞きたい」


「何?」


「前の会社って、どんな仕事してたの?」


私は少し考える。


「営業」


「営業なのは聞いた」


「じゃあ何?」


「どんな客を担当してたのかとか」


昨日の男性のことを思い出しているらしい。


「いろいろだよ」


「いろいろって?」


「新規もあったし、既存のお客さんもあった」


「へえ」


夫は意外そうに頷く。


「じゃあ、昨日の人もその時の?」


「たぶん」


「たぶん?」


「合同研修って言ってたでしょ。あの頃はいろんな会社の人と一緒になることもあったから」


夫は黙って考えている。


「そういうのも知らなかったな」


「話してなかったからね」


「うん」


そこで会話は終わった。


夫はまた新聞に目を戻す。


私は食べかけのトーストを見る。


少しして、


夫が何でもないように言った。


「名刺とか残ってる?」


私は顔を上げた。


「名刺?」


「昔の」


「たぶんどこかにあると思う」


「そっか」


それだけ言って、


夫はコーヒーを飲んだ。


「何で?」


「別に」


またそれだった。


私は思わず笑う。


「最近、別にが多くない?」


「そう?」


「そう」


夫は少し考えてから、


「気になっただけ」


と言った。


私はそれ以上聞かなかった。


朝食を終え、


食器を片付ける。


洗い物をしながら、


昔の名刺のことを考えた。


そういえば、


どこにしまっただろう。


仕事を辞めてから、


一度も開けていない箱がある。


その中だった気がする。


水を止める。


私は手を拭いて、


棚の奥を見る。


けれど、


今日は取り出さなかった。


「何してる?」


後ろから夫の声がした。


「何でもない」


そう答えると、


夫はそれ以上聞かなかった。


ただ、


出かける前に一度だけ、


棚の方を見た。


「じゃあ、行ってくる」


「いってらっしゃい」


玄関のドアが閉まる。


私はしばらくその場に立っていた。


それから、


棚の奥に手を伸ばした。

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