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夫に「ただの主婦」と言われた私、実は誰かの人生を変えていた  作者: すみれ


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第66話 行こうか

土曜日。


目が覚めると、


カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。


時計を見る。


まだ七時過ぎ。


休みの日にしては早い。


もう一度寝ようかと思ったけれど、


目はすっかり覚めていた。


隣を見ると、


夫はまだ眠っている。


私は静かにベッドを抜け出した。


顔を洗い、


キッチンでコーヒーを淹れる。


お湯が沸く音だけが部屋に響く。


少しして、


寝室のドアが開いた。


「おはよう」


眠そうな声だった。


「おはよう」


夫は欠伸をしながら椅子に座る。


「早いな」


「何となく目が覚めちゃって」


「緊張してる?」


私はすぐ首を振った。


「してない」


夫は何も言わず笑った。


その笑い方が少し悔しい。


朝食を済ませると、


私は寝室へ戻った。


昨日決めた黒いワンピースを取り出す。


鏡の前で袖を整える。


髪をまとめようとして、


一度ほどく。


やっぱり下ろそうか。


でも今日は風が強そうだ。


結局、


いつもより少しだけ丁寧にまとめることにした。


リビングから夫の声が聞こえる。


「まだ?」


「もう少し!」


返事をすると、


向こうから笑い声が返ってきた。


「毎回そう言うよな」


「急かさないで」


バッグを持って玄関へ向かう。


夫はもう靴を履き終えていた。


私を見ると、


一瞬だけ動きが止まる。


「何?」


思わず聞くと、


夫は視線をそらした。


「いや」


「何その反応」


「別に」


どう見ても別にじゃない。


私は眉をひそめる。


すると夫は少し照れくさそうに笑った。


「その服でよかったじゃん」


私は思わず笑う。


「昨日あんなに適当だったのに?」


「ちゃんと見てたよ」


その一言が意外で、


私は返す言葉をなくした。


夫は何事もなかったように玄関のドアを開ける。


「行こう」


外へ出ると、


風は思ったより涼しかった。


駅まで歩く道は、


休日らしく静かだった。


信号待ちをしていると、


夫が缶コーヒーを二本買ってきた。


一本を私に差し出す。


「ありがとう」


受け取ろうとした拍子に、


小銭が一枚落ちた。


「あっ」


転がった硬貨を、


夫が先に拾う。


「今日は落ち着け」


私は苦笑した。


「だから緊張してないって」


「そういうことにしとく」


電車に乗る。


休日の車内は思ったより空いていた。


向かいの窓に、


並んで座る私たちが映る。


こうして二人で出かけるのは、


いつ以来だろう。


夫がスマホで時間を確認する。


「ちょうどいいな」


「間に合いそう?」


「余裕」


私は小さく息を吐いた。


電車を降りる。


ホテルまでは歩いて五分ほどだった。


角を曲がると、


大きな建物が見えてくる。


私は思わず足を止めた。


「ここ?」


「うん」


夫は私の横に並ぶ。


「行こうか」


私はホテルを見上げる。


ガラス張りの入口には、


スーツ姿の人たちが何人か集まっていた。


知らない場所。


知らない人たち。


私はバッグの持ち手を握り直す。


夫は何も言わず、


入口のドアを押さえた。


「どうぞ」


私は小さく頷き、


一歩前へ踏み出した。

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