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夫に「ただの主婦」と言われた私、実は誰かの人生を変えていた  作者: すみれ


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第58話 引き出しの中

月曜日の午後だった。


私は倉庫代わりに使われている小さな部屋へ向かっていた。


古い資料を探してほしいと頼まれたからだ。


滅多に使われない部屋だった。


ドアを開ける。


少し埃っぽい。


棚にはファイルが並んでいる。


私は目的の資料を探し始めた。


しばらくして、


一番奥の棚に手を伸ばす。


その時だった。


見覚えのある文字が目に入った。


古いラベルだった。


私は思わず手を止める。


そこには自分の字が残っていた。


何年も前のものだ。


「懐かしい……」


思わず声が漏れる。


当時は忙しかった。


資料を作って、


整理して、


気づけば毎日終電だった。


そんなことを思い出しながらファイルを取り出す。


その瞬間、


一枚のメモが落ちた。


私はしゃがんで拾う。


ただの付箋だった。


でも、


そこに書かれていた文字に目が止まる。


『助かりました。ありがとうございます』


短い一文だった。


誰が書いたのかは分からない。


日付もない。


名前もない。


ただ、


その字は少し幼かった。


新人だった誰かが書いたのかもしれない。


私は付箋を見つめた。


もちろん覚えていない。


何を手伝ったのかも分からない。


でも、


捨てられずに残っていたらしい。


その時、


後ろから声がした。


「見つかりました?」


振り返る。


佐伯だった。


「探しに来たんですか」


「なかなか戻ってこないので」


私は苦笑する。


「ごめん」


そして付箋をポケットへ入れた。


佐伯は気づいていない。


私はそれでよかった。


帰り道。


電車の窓に夕日が映っていた。


私は何となくポケットに手を入れる。


小さく折れた付箋の感触。


誰が書いたのか。


どうして残っていたのか。


結局分からないままだった。


でも、


少しだけ不思議な気持ちになった。


家に着く。


玄関を開ける。


「おかえり」


夫の声が聞こえる。


私は靴を脱ぎながら答えた。


「ただいま」


その時、


ポケットから付箋が落ちた。


夫が拾い上げる。


そして文字を読む。


『助かりました。ありがとうございます』


夫は首をかしげた。


「何これ」


私は少し考えてから答える。


「私も知らない」


本当に知らなかった。


誰が書いたのか。


いつのものなのか。


ただ一つだけ分かることがあった。


私は思っていたより、


たくさんの人と関わっていたらしい。

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