第56話 相談
翌日の昼前だった。
私は資料をまとめながら時計を見る。
午前中の仕事はほぼ終わっていた。
少しだけ肩の力を抜く。
その時だった。
「すみません」
小さな声がした。
顔を上げる。
昨日の新人社員だった。
手にはファイルを抱えている。
「どうしたの?」
私が聞くと、
相手は少し言いづらそうに口を開いた。
「確認していただきたいんですが……」
私はファイルを受け取る。
内容を見る。
大きな間違いはない。
細かい修正が数か所あるだけだった。
私は一つずつ説明する。
新人は真剣にメモを取っていた。
十分ほどで終わる。
「ありがとうございます」
相手が頭を下げる。
私は笑った。
「今度はちゃんとできてるよ」
その言葉に、
新人の表情が少し明るくなった。
それだけのことだった。
でも、
私は少し気になった。
周りを見れば、
教えてくれる人はいくらでもいる。
部長もいる。
先輩社員もいる。
それなのに、
なぜ私のところへ来たのだろう。
昼休み。
社員食堂へ向かう途中、
佐伯が隣に並んだ。
「また相談ですか」
私は苦笑する。
「見てたの?」
「見えました」
佐伯は笑う。
「最近多いですよ」
私は首をかしげた。
「何が?」
「相談です」
私は思わず足を止めた。
佐伯は続ける。
「みんな話しかけやすいんですよ」
私は少し困る。
そんなつもりはない。
佐伯は肩をすくめた。
「自覚ないんですね」
昼休みが終わる。
午後の仕事が始まる。
席に戻る途中、
私は窓に映った自分を見た。
昔は違った。
もっと余裕がなかった。
周りを見る暇もなかった。
今の方が仕事は少ないはずなのに、
なぜか周りが見えている。
不思議だった。
その時、
スマホが震えた。
母からだった。
珍しい。
私はメッセージを開く。
そこには短く書かれていた。
『今週の日曜日、時間ある?』
私は画面を見つめる。
母の方から連絡してくることは、
あまりない。
何かあったのだろうか。
私は小さく首をかしげた。




