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夫に「ただの主婦」と言われた私、実は誰かの人生を変えていた  作者: すみれ


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55/64

第55話 昔の私

その日は本当に早く帰れた。


玄関を開けると、


まだ夕飯の準備をしている音が聞こえた。


「ただいま」


キッチンから夫が顔を出す。


「早かったな」


私は靴を脱ぎながら笑った。


「私もそう思う」


夫は少し不思議そうな顔をしたが、


それ以上は聞かなかった。


夕飯の準備を手伝う。


皿を並べるだけなのに、


妙に久しぶりな気がした。


食事をしながら、


今日の出来事を思い出す。


あの女性の顔。


『ありがとうございました』


という言葉。


夫が味噌汁を飲みながら聞いた。


「何かあった?」


私は顔を上げる。


「どうして?」


「なんとなく」


夫はそれだけ言った。


私は少し迷ったあと、


昼の出来事を話した。


カフェで会った女性のこと。


昔の部下だったこと。


十年前の話を覚えていたこと。


夫は黙って聞いていた。


話し終わると、


少しだけ笑った。


「お前らしいな」


私は首をかしげる。


「そう?」


「昔からそうだった」


私は箸を止める。


夫は続けた。


「人のことばっかり気にしてた」


思いがけない言葉だった。


「自分のことは後回しなのに」


私は何も言えなかった。


否定できなかったからだ。


食事の後、


私は一人で食器を洗った。


窓の外はもう暗い。


水の音を聞きながら、


夫の言葉を思い出す。


人のことばっかり気にしてた。


それは褒め言葉だったのだろうか。


それとも。


私は手を止める。


昔の私は、


仕事が好きだった。


出世したかったわけじゃない。


誰かの役に立ちたかった。


だから頑張れた。


いつからだろう。


評価や数字ばかり気にするようになったのは。


その時、


リビングから夫の声が聞こえた。


「これ」


振り返ると、


夫が古い箱を持って立っていた。


「押し入れ整理してたら出てきた」


私は受け取る。


見覚えのある箱だった。


ゆっくり蓋を開ける。


中には古い手帳や資料が入っている。


そして、


一番上にあったのは、


何年も前にもらった寄せ書きだった。


私は思わず目を止める。


そこには、


懐かしい名前がいくつも並んでいた。


そして最後のページに、


こんな一文が書かれていた。


『あなたみたいな先輩になりたいです』


私はしばらく動けなかった。

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