表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夫に「ただの主婦」と言われた私、実は誰かの人生を変えていた  作者: すみれ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
54/64

第54話 覚えていた人

翌日の昼休みだった。


私は近くのカフェで一人、サンドイッチを食べていた。


会社の外へ出るのも久しぶりだった。


店内はそれほど混んでいない。


窓際の席でコーヒーを飲みながら、


スマホを眺めていた。


その時だった。


「……もしかして」


声が聞こえた。


私は顔を上げる。


知らない女性だった。


三十代くらいだろうか。


向こうは驚いた顔をしている。


「やっぱり」


私は戸惑う。


「どちら様でしょうか」


女性は慌てて頭を下げた。


「すみません。突然」


そう言いながら笑う。


でも、


その目は少し赤かった。


「覚えてないですよね」


私は首をかしげる。


本当に分からなかった。


女性は小さく頷く。


「十年前です」


十年前。


その言葉に、


私は少しだけ息を止めた。


「私、新人だったんです」


記憶を探る。


でもすぐには思い出せない。


女性は続けた。


「毎日怒られてました」


思わず苦笑する。


そんな人は一人じゃなかった。


「辞めようと思ってたんです」


女性は笑った。


でも、


どこか照れくさそうだった。


「その時に言われたんです」


私は黙って聞く。


「向いてるかどうかじゃない。続けられるかどうかだって」


私は目を瞬いた。


その言葉には覚えがあった。


確かに言った。


ずっと昔。


何気なく。


女性は続ける。


「私、その言葉で残ったんです」


窓の外を見る。


少しだけ恥ずかしくなった。


自分は忘れていたのに、


相手は覚えていた。


「今は?」


私が聞く。


女性は笑った。


「支店長です」


私は思わず吹き出しそうになる。


「すごいじゃない」


「違います」


女性は首を振った。


「だから今日、声をかけたかったんです」


少しだけ間が空く。


そして、


静かに言った。


「ありがとうございました」


私は返事に困った。


そんな大したことはしていない。


本当にそう思った。


でも、


女性は何度も頭を下げた。


やがて時間になり、


彼女は店を出ていった。


私はその背中を見送る。


テーブルの上のコーヒーは、


もう少し冷めていた。


その時、


スマホが震える。


夫からだった。


『今日は早い?』


短いメッセージ。


私は画面を見る。


それから、


さっきの女性の言葉を思い出した。


“ありがとうございました”


しばらく考えてから、


私は返信を打った。


『今日は帰れそう』


送信したあと、


なぜか少しだけ笑ってしまった。


昔の私は、


誰かの人生を変えたことなんてないと思っていた。


でも、


そうじゃなかったのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ