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夫に「ただの主婦」と言われた私、実は誰かの人生を変えていた  作者: すみれ


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第50話 先に帰ります

時計は五時四十五分を指していた。


フロアの空気が少し慌ただしくなる。


テナントからの連絡。


契約見直しの相談。


放ってはおけない内容だった。


佐伯が私を見る。


「どうしますか」


私はすぐに答えられなかった。


机の上には資料。


パソコンには開いたままのメール。


少し前までなら、


迷うことなんてなかった。


残る。


それだけだった。


でも今日は違った。


朝、


夫に言った。


『できるだけ早く帰る』


その言葉が頭に残っている。


私は小さく息を吐いた。


「明日の朝じゃだめ?」


佐伯が少し驚いた顔をする。


「え?」


「今すぐじゃないと困る内容?」


佐伯はメールを見直した。


数秒後、


首を横に振る。


「いや……明日でも間に合います」


私は頷いた。


「じゃあ明日にしよう」


言った瞬間、


自分でも少し驚いた。


こんな判断をしたことがなかった。


仕事を後回しにしたわけじゃない。


でも、


今じゃなくてもいい仕事だった。


それだけのことだ。


佐伯はしばらく黙っていたが、


やがて笑った。


「変わりましたね」


私は苦笑する。


「そうかな」


「前なら絶対帰らなかったです」


その言葉に返事はできなかった。


多分、


その通りだったから。


私はパソコンを閉じる。


バッグを持つ。


それだけなのに、


妙に落ち着かない。


後ろめたいような、


不安なような。


エレベーターを待ちながら、


自分に言い聞かせる。


間違っていない。


今日は帰ると決めた。


それだけだ。


会社を出る。


空はまだ少し明るい。


こんな時間に帰るのは久しぶりだった。


駅前を歩いていると、


スマホが震えた。


夫からだった。


『今どこ?』


私は思わず笑う。


『もうすぐ着く』


送信すると、


すぐに返信が来た。


『カレーできてる』


たったそれだけなのに、


足取りが少し軽くなる。


家の前に着く。


玄関の灯りがついていた。


私は鍵を取り出す。


そしてドアを開けた。


「ただいま」


そう言った瞬間だった。


リビングの奥から、


聞き慣れない女性の声が聞こえた。


「え、本当に帰ってきた」


私はその場で立ち止まる。


夫だけだと思っていた家に、


知らない誰かがいた。

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