第5話 崩れない人
「……正直に言っていいですか」
重い沈黙のあと、口を開いたのは一人の男だった。
腕を組んで、露骨に不満そうな顔をしている。
「外部の人間に、ここまで口出しされる理由が分からない」
空気がわずかに張り詰める。
「しかも、たった数分資料を見ただけで全部分かったみたいな言い方」
鼻で笑うような声。
「正直、信用できませんね」
——来た。
私は何も言わず、その男を見る。
「あなた、本当に現場を理解してるんですか?」
さらに一歩踏み込んでくる。
完全に、こちらを試している。
部屋の空気が、じわっと傾いた。
さっきまで静かだった視線が、少しずつ揺れる。
——味方はいない。
でも。
それでいい。
私はゆっくりと息を吐いた。
「じゃあ、一つだけ確認させてください」
静かに言う。
男が眉をひそめる。
「あなた、この契約——本気で通すつもりでした?」
机の上の資料を、指で軽く叩く。
「当然だ」
即答だった。
「現状で一番現実的な案だ」
私は小さくうなずいた。
「そうですか」
一拍、間を置く。
そして——
「それ、通した瞬間に終わりますよ」
空気が止まる。
「……は?」
男の顔が歪む。
「根拠は?」
苛立ちを隠さない声。
私は資料をめくる。
「ここ、見ました?」
数字を指で押さえる。
「この条件だと、来月の時点で資金が完全に詰まります」
男の表情がわずかに揺れる。
でも、すぐに言い返す。
「そんなはずはない。計算は——」
「されてますよ」
かぶせる。
「だから問題なんです」
静かに言う。
「この数字、前提がおかしい」
沈黙。
今度は、男が言葉に詰まる。
私は視線を外さない。
「意図的にズラされてます」
一言。
それだけで、空気が一変した。
「……何を言っている」
声が低くなる。
さっきよりも、わずかに不安が混じっている。
私はため息をついた。
「本当に分からないんですか?」
少しだけ、冷たい声になる。
「それとも——分かってて通そうとしてる?」
その瞬間。
男の顔色が変わった。
完全に。
——もう隠せない。
部屋の全員が、それに気づく。
沈黙。
逃げ場のない沈黙。
私は一歩だけ前に出た。
「ログ、確認します?」
静かに言う。
「すぐ終わりますよ」
男は何も言えない。
さっきまでの強気は、どこにもない。
「……もういい」
低い声。
あの人だった。
「確認するまでもない」
その一言で、決まった。
男は力が抜けたように椅子に沈む。
視線は落ちたまま。
終わりだった。
私は何も言わない。
興味もない。
問題は、そこじゃない。
「これで一つ整理できましたね」
淡々と言う。
そして、ゆっくりと周囲を見渡す。
「でも、本当の問題は別です」
全員の視線が、今度は私に集まる。
さっきとは違う。
疑いじゃない。
——判断を待つ目だ。
「時間がないので、はっきり言います」
静かに言う。
「このままだと、三日持ちません」
誰も否定しない。
「だから、やり方を変えます」
一拍。
「全部、私に任せてください」
沈黙。
そして——
「……任せる」
低い声。
あの人だった。
それだけで十分だった。
私は小さくうなずく。
——ここからだ。
本当に始まるのは。
そして私は、静かに言った。
「じゃあ、まず一つ目」
視線を資料に落とす。
「一番最初に切るのは——」
その言葉で、全員の呼吸が止まった。




