第48話 約束
翌朝、
目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
カーテンの隙間から朝の光が入っている。
隣を見る。
夫はもう起きていた。
私はしばらく天井を見つめる。
昨夜の手帳。
夫の誕生日。
思い出せなかった約束。
頭の中に残ったままだった。
リビングへ行くと、
キッチンからいい匂いがした。
夫がフライパンを振っている。
「おはよう」
私が言うと、
夫は少し驚いた顔をした。
「今日は早いな」
私は曖昧に笑う。
最近、
朝はいつも慌ただしかった。
起きる。
スマホを見る。
会社の連絡を見る。
それで終わりだった。
でも今日は違った。
私はテーブルにつく。
夫がコーヒーを置いた。
湯気が静かに上がる。
二人で朝食を食べる。
ただそれだけなのに、
どこか久しぶりだった。
食べ終わった頃、
夫がふと思い出したように言った。
「そういえば来月」
私は顔を上げる。
「結婚記念日だな」
一瞬、
言葉が詰まる。
去年は何をしたっけ。
思い出そうとして、
思い出せなかった。
夫は笑う。
「忘れたか?」
「忘れてない」
そう言いながら、
自分でも少し怪しいと思った。
夫はそれ以上何も言わなかった。
代わりに、
冷めかけたコーヒーを飲みながら言う。
「今年は飯でも行くか」
私は頷く。
「行こう」
今度は迷わなかった。
すると夫は少し笑った。
「じゃあ予約しとく」
その笑顔を見て、
胸の奥が少しだけ軽くなる。
会社へ向かう時間になる。
私は玄関で靴を履いた。
夫が後ろから声をかける。
「今日も遅い?」
私は答えに迷った。
今までなら、
当たり前のように
「分からない」と言っていた。
でも今日は違う。
「できるだけ早く帰る」
夫は少し驚いた顔をした。
それから、
小さく頷く。
「待ってる」
私は会社へ向かった。
電車に揺られながら、
何度もその言葉を思い出す。
待ってる。
昔は当たり前だった言葉。
でも今の私には、
少し重かった。
会社に着く。
エレベーターに乗る。
フロアに出る。
すると佐伯がこちらへ歩いてきた。
「おはようございます」
私は頷く。
佐伯は少し迷ったあと、
こう言った。
「昨日の資料の件なんですが」
私は足を止める。
佐伯は続けた。
「急ぎません」
そして、
私の顔を見ながら言った。
「でも、ちゃんと帰ってくださいね」
私は思わず佐伯を見る。
その言葉が、
なぜか胸に残った。




