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夫に「ただの主婦」と言われた私、実は誰かの人生を変えていた  作者: すみれ


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第46話 残っていたもの

「今のあんた、本当に大丈夫?」


母の言葉は、


母が帰ったあとも頭に残っていた。


玄関のドアが閉まる。


部屋には私と夫だけが残った。


テーブルの上には、


古い手帳が置かれている。


私は何度もその表紙を見た。


開く気にはなれなかった。


夫がお茶を入れる。


湯気が静かに上がる。


「飲む?」


私は小さく頷いた。


湯呑みを受け取る。


温かいはずなのに、


指先は少し冷たかった。


しばらく沈黙が続く。


でも不思議と嫌な沈黙ではなかった。


夫が先に口を開く。


「その手帳」


私は顔を上げる。


「まだ残ってたんだな」


「私も忘れてた」


正直な気持ちだった。


見たくなかったのかもしれない。


あの頃の自分を。


夫は少し考えてから言った。


「昔のお前さ」


私は身構える。


でも夫は笑った。


「今よりよく喋ってた」


思わず顔を上げる。


「え?」


「仕事の話ばっかりだったけどな」


私は苦笑した。


それは否定できない。


夫も少し笑う。


でもすぐに表情が消えた。


「ただ」


その一言で胸が重くなる。


「途中から何も話さなくなった」


私は視線を落とした。


覚えている。


疲れていた。


余裕もなかった。


帰宅しても、


会話より先に明日の仕事を考えていた。


気づけば、


何を話したのかも覚えていない日が増えていた。


その時、


テーブルの上のスマホが光った。


佐伯からだった。


着信ではない。


メッセージ。


私は画面を開く。


『明日は無理に来なくても大丈夫です』


少しだけ肩の力が抜ける。


でも、


次の一文を見た瞬間、


手が止まった。


『ただ、例の件の資料が見つかりました』


私は画面を見つめる。


例の件。


嫌な予感がした。


さらに続きが表示される。


『倒れる直前の案件の資料です』


呼吸が浅くなる。


私は何度もその文章を読み返した。


そんなはずがない。


あの案件の資料は、


全部処分されたと思っていた。


少なくとも、


私はそう聞かされていた。


夫が不思議そうにこちらを見る。


「どうした?」


私はすぐに答えられなかった。


佐伯からもう一通届く。


『中を確認した人がいます』


私は唇を噛む。


そして最後の一文を見た瞬間、


背中が強張った。


『当時の記録と説明が合っていません』


私はスマホを握りしめた。


倒れたのは、


働きすぎたからだと思っていた。


ずっとそう思っていた。


でも——


もし違うとしたら。


私は初めて、


あの日のことを知るのが怖くなった。

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