第43話 冷めた夕飯
家に着くと、
部屋の明かりだけがやけに眩しく見えた。
私は靴を脱ぎながら、
ようやく大きく息を吐く。
夫は何も言わず、
先にキッチンへ向かった。
その背中を見ていると、
なぜか落ち着かない。
テーブルの上には、
ラップのかかった皿が並んでいた。
味噌汁。
焼き魚。
サラダ。
全部、
もう冷めている。
私は目を逸らした。
夫が電子レンジに皿を入れる。
静かな音が響く。
それだけなのに、
胸が少し苦しかった。
「ごめん」
気づけば口から出ていた。
夫は振り返らない。
「何回目?」
私は言葉を失う。
責めるような言い方ではなかった。
だから余計に苦しい。
レンジが止まる。
夫は皿を並べながら言った。
「最近ずっとだろ」
私は椅子に座ったまま、
返事ができない。
ニュースのこと。
記者のこと。
会社のこと。
頭の中には色々あるのに、
今は何も言えなかった。
二人で夕飯を食べ始める。
箸の音だけが聞こえる。
昔は違った。
今日あったことを話して、
くだらないことで笑っていた。
なのに今は、
同じテーブルにいるのに遠い。
夫が味噌汁を飲む。
そして不意に言った。
「ニュース見た時さ」
私は顔を上げる。
夫は茶碗を見たままだった。
「また始まったのかと思った」
胸が強く締め付けられる。
また。
その一言が重かった。
夫は続ける。
「仕事をするなって言いたいわけじゃない」
「でも」
そこで言葉が止まる。
しばらくして、
小さく笑った。
「最近のお前、家にいても会社にいる」
私は何も言えない。
否定できなかった。
その時、
テーブルの上のスマホが震えた。
画面が光る。
佐伯だった。
私は反射的に手を伸ばしかける。
でも、
その前に夫がスマホを裏返した。
部屋が静かになる。
夫は怒っていなかった。
ただ、
少し疲れた顔をしていた。
「今日は出るな」
初めてだった。
夫がそんなことを言ったのは。
私はスマホを見つめる。
震動は止まっていた。
でも、
胸の奥は静かに揺れ続けていた。




