第38話 名前が出た
部屋の空気が一瞬で変わった。
さっきまで強気だった部長も、
スマホの画面を見たまま黙っている。
私は記事を見つめた。
『過去に過労問題を起こした女性社員が再登板』
指先が冷える。
どこまで書かれているのか。
私はスマホを受け取った。
記事はまだ短い。
でも十分だった。
“再建案件で活躍した女性社員”
“数年前に体調を崩し退職”
“今回、現場復帰”
書き方が妙に具体的だった。
社長が低く言う。
「内部の人間ですね」
私は顔を上げる。
社長は記事を閉じた。
「ここまで知ってるなら、外部じゃない」
佐伯がすぐスマホを取り出す。
「広がる前に対応します」
でも社長は首を振った。
「もう遅いでしょう」
その言葉の直後だった。
部長のスマホが鳴る。
続けて、
若手社員のスマホも震えた。
社内チャット。
取引先。
問い合わせ。
一気に動き始めていた。
私は立ったまま動けなかった。
記事の中に、
見覚えのある言葉があったからだ。
——再建の女王。
昔、
社内で勝手につけられた呼び名。
外に出ていたことに、
私は背筋が寒くなった。
「……誰」
気づけば呟いていた。
誰が漏らしたのか。
どうして今なのか。
その時、
佐伯が私を見る。
「心当たりありますか」
私は答えられなかった。
ある。
でも、
考えたくなかった。
あの上司の顔が浮かぶ。
『助けてやろうと思ってる』
あの声を思い出した瞬間、
胃の奥が重くなる。
するとフェリクス社長が静かに立ち上がった。
「今日はここまでにしましょう」
部長が慌てる。
「し、しかし——」
「今は対応を間違えない方が大事です」
社長はそう言って、
私の前で足を止めた。
「一つだけ確認します」
私は顔を上げる。
社長の目は真っ直ぐだった。
「この記事が広がれば、あなたが一番危険だ」
低い声。
「それでも続けますか」
私はすぐ答えられなかった。
怖かった。
また全部壊れる気がした。
でも、
ここで逃げたら、
今度こそ何も残らない気もした。
沈黙のあと、
私は小さく息を吸う。
「……続けます」
社長は数秒だけ私を見る。
それから小さく頷いた。
「なら、最後まで逃げないでください」
そう言って部屋を出ていく。
ドアが閉まる。
私はその場に立ったまま、
ようやく大きく息を吐いた。
すると、
ポケットのスマホが震える。
夫からだった。
私は嫌な予感がした。
画面を開く。
そこには短く、
一行だけ送られていた。
『今、ニュース見た』




